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雨に煙る裏通りの一角。壁に赤黒い斑点模様が染み付いた路地裏で、アルマは標本箱に入った鮮度抜群の腎臓を手のひらで転がしていた。それを口に入れると、濃厚な鉄の味と甘酸っぱい生臭さが舌の上に広がる。
「……新鮮だ」
独り言のように呟き、次の獲物を探して目線を上げたその時。視界の端に異様な光景が飛び込んだ。
数メートル先のゴミ捨て場の影。そこでは若い男が、人間の体に釘を刺している。 しかもそれは死体ではない。生きている女だ。悲鳴を必死に堪える女を抑えつけながら、男は愉悦に顔を歪めている。
「あっ……もっと深く……いいぞ……」
その狂気に満ちた表情に、アルマの眉が僅かに動いた。こんな場所で同業者の姿を見るのは珍しいことではないが、その執拗な加虐行為は一風変わっていた。それに……なぜか男の背筋に微かな震えが見える気がする。好奇心が疼き、アルマは音もなく近づいた。
「面白い殺し方をしているね」
低く響く声に男ハリスは振り返った。彼は釘打ち用のハンマーを握り締め、肩で荒く息をしている。濡れた前髪の下、瞳孔が拡大しているのが夜目にも分かる。
「……誰だ?」
「通りすがりの『整理屋』さ」
アルマは血まみれの唇を舐める。整理屋とは、殺害後に死体処理を行う者たちの隠語だ。
「へぇ……死体弄りが趣味か?」
ハリスの声には挑発ではなく、どこか安堵のような響きがあった。
「君こそ随分楽しそうじゃないか。苦痛の声を聞いて昂ぶっているのか?」
アルマの問いに、ハリスは小さく笑う。
「違うよ……俺が欲しいのは痛みそのものだ」
彼は足元の瀕死の女を見下ろし、「こいつを痛めつけても……最後まで耐えてくれる保証がない」と嘆息した。その矛盾した言葉に、アルマの胸に何か熱いものが込み上げる。
「ほう? ならば自分自身はどうなんだ?」
アルマは静かに問いかける。
ハリスの眼差しが一瞬泳ぐ。そしてゆっくりと右手の甲を見せた。そこには釘穴の跡が無数に刻まれている。
「……ここに来る前に自分で打ってきた。でもまだ足りないんだよ」
彼は狂おしく爪を噛む。
「もっと強い……命削るような激痛が必要なのに」
その告白を聞き、アルマは本能的に理解した。この男は施設にいた頃の自分と同じだ。己の肉体でしか得られない官能を求め、彷徨っている存在。しかし決定的な違いがある。アルマの飢えは破壊的だが、ハリスのそれには奇妙な依存性がある。
「ふぅん」
アルマは鼻で笑い、片膝を立ててしゃがみ込んだ。
「なら試してみるか? 私のやり方は、きっと君の『足りない』部分を補えると思うが」
ハリスの喉仏が上下する。迷いと期待が混ざり合う瞳を覗き込みながら、アルマは懐から鈍色のナイフを滑らせた。そのナイフをハリスの首に当てる。冷たい刃先に触れる肌の緊張が伝わってくる。
「選べよ、マゾヒスト。今すぐ私に斬られるか、それとも……」
言葉を区切る。
「……共に狩りに行くか?」
血塗られた世界で、二人の歪んだ欲望が初めて交錯した。