私を庇うように将嗣がスッと前に出て、ゆっくりと話し始めた。
「親父、夏希の言うとおり、俺はフラれているの。これからは、美優ちゃんのパパを頑張る事で責任を取るんだよ」
「しかし……」
「俺が、半端な事をして夏希を傷つけた。それでも美優ちゃんを産んで育ててくれて、こうして親父も孫を抱く事ができた。夏希には感謝している。俺は夏希に対して、これからも出来る限りのことをしていく。今の時代の責任の取り方をするんだよ」
そう言って、美優を見つめる将嗣の目の周りは赤くなり、涙が零れそうなのを堪えているようだった。
将嗣の想いに応えられない申し訳なさと、切なさに胸が詰まってしまう。
すると、後ろからポソリとつぶやく紀子さんの声が聞こえる。
「今の時代の責任の取り方ねぇ……」
ハッと振り返る私の視線に気づいたのか、紀子さんは誤魔化すように作り笑顔を向け、ベッドの電動ボタンに手を伸ばした。
「さあ、お父さんも少し休まないと疲れるといけないから、横になりましょうね」
「ああ……」
お父さんの返事と共にスイッチが入り、ベッドが平になっていく。
「夏希さん、すまなかったね」
お父さんの小さな声が聞こえた。
私は、首を横に振り将嗣のお父さんへ笑顔を向けた。
そして、痩せた手を両手で包み込む。その手は痩せているのに力強く感じられた。
今日、お会い出来て良かったです。美優を抱いてくださってありがとうございました」
もう少し、お父さんと話しがあると言う将嗣を部屋に残してリビングへ移動した。
リビングにはL字型の大きなソファー、窓からは綺麗なコスモスの花が見える。
「夏希さん、私にも美優ちゃんを抱かせて、もらえるかしら?」
美優のおばあちゃんに当たる紀子さん。美優の記憶に残らなくても抱いてくれるのは嬉しい。
「ぜひ、抱いてあげてください」
差し伸べられた手に、美優を託した。
「美優ちゃん、おばあちゃんですよ」
美優は、不思議そうな顔で紀子さんを見つめている。
紀子さんは、優し気に目を細めた。
「案外重いのね。子育てなんて、ずいぶん昔の事だから……でも、こうして将嗣の子供を抱けるなんて夢にも思わなったから、嬉しいわ。夏希さん、ありがとう」
「……いいえ」
「あらあら、美優がちゃんママのところに戻りたいのね。泣かないうちにお返ししましょうね」
美優が私の方へ、戻りたいと小さな手のひらを見せて訴えている。せっかく抱いてくれた紀子さんには悪いけど、やっぱり、美優が自分の手の中に戻ってくるとホッとする。
「ごめんなさい。せっかく抱いて頂いていたのにママっ子で……」
「いいのよ。赤ちゃんはママ大好きが当たり前なの。初めてあったおばあちゃんよりママよね」
「すみません」
別に悪いことをしたわけでもないのに、なんとなく謝ってしまった。
「あ……」
紀子さんは、何か言い難いのか口を噤んでしまう。けれど、思い直したように顔を上げて話し出した。
「あの、夏希さん、変な事を聞いて悪いけど、将嗣の前の奥さんどんな人だったかご存じかしら?」
意外な質問に驚いたが、将嗣の別れた奥さんとは一度も会った事が無く、将嗣から聞いた話しでしか知らない。
「ごめんなさい。将嗣さんと付き合っている時は既婚者だった事も知らなかったので、何も……」
「そうよね。ごめんなさい。前のお嫁さんの事、将嗣が何も教えてくれないのよ。お嫁さんに私たちも結納と結婚式でしか会った事がなかったから……。将嗣が浮気して、夏希さんに迷惑を掛けたって話を聞いて、どんな結婚生活を送っていたんだろうって……。将嗣が浮気をしたのも将嗣だけが悪かったと思いたくなくって、親バカよね。ただね、普通、嫁ぎ先の実家に来れないにしても電話で挨拶とかせめて年賀状とかあっても良さそうでしょう。それが一度も無くて、お金持ちのお嬢さんだか知らないけど、ちょっとね。常識とか……。あ、変な事聞いてごめんなさい。将嗣には、内緒ね」
将嗣に聞いた話では、新婚旅行以降、元カレの所に家出状態になってそのまま離婚したとは言っていた。
その話は将嗣がご両親にしていないのなら私が話す事は出来ない。子供の幸せを願う親に中身の無い結婚生活の話をしたら心配を掛けるからで話せなかったのかもしれない。
ただ、子供を持つ親として自分の子供の結婚生活がおかしい事は、薄々気付いたに違いない。
親が子供を思う気持ちは、いくつになってもあり続けるのだなと思った。
すると、紀子さんが真剣な眼差しを向けた。
「夏希さん、将嗣との結婚、考えてもらえないかしら……」
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