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第2話 「戻す心、揺れる想い」
午後の授業が終わり、教室は一瞬ざわついた。
礼華は机に突っ伏し、頭の中でぐるぐると考えていた。
(今日も先生、無理してる……)
担任の実莉は黒板に向かいながらも、いつもより少し顔色が悪い。
礼華は気づいてしまった。息をするたびに、背中に冷たい何かが這うような不安が押し寄せる。
⸻
「先生、大丈夫ですか?」
礼華が手を挙げると、実莉は微かに笑った。
「ええ、大丈夫。ありがとう」
でもその微笑みの奥で、実莉の身体は叫んでいた。
頭の奥がぐらぐらと揺れ、胃が強く波打つ。
授業が終わるや否や、実莉はゆっくりと教室を抜け、職員室の隅を通り過ぎて保健室へ向かった。
廊下の壁に手をつき、かすかに息を整えようとするが間に合わない。
「……っ」
洗面台に顔を近づけた瞬間、体内のものが逆流した。
手で口元を押さえても、止められない。
心臓が早鐘を打ち、頭の中が真っ白になる。
⸻
保健室のドアをノックする音が聞こえた。
「実莉先生……!」
養護教諭の白石が心配そうに覗き込む。
「大丈夫?無理はしないで」
実莉は涙をこらえながら、手を振った。
「……すみません、大丈夫です」
でも心の奥で、ある記憶のかけらがちらつく。
小さな女の子――肩に手をかけて、「お姉ちゃん」と呼ぶ声。
それが誰なのか、思い出せない。
(……忘れてしまったんだ、全部)
⸻
その一方で、教室に残された礼華は、友人の春斗や紗耶に囲まれながらも落ち着かない。
「先生、大丈夫かな……」
紗耶は眉をひそめ、春斗は心配そうに肩を叩く。
「礼華、顔色悪いぞ。無理するなよ」
礼華は小さく頷くしかなかった。
でも胸の奥に芽生えた想いは、さらに強くなる。
――守りたい。理由も分からないのに。
⸻
その日の夜、母・真由美は、古い写真を手にして静かに呟いた。
「……まだ、その時じゃない」
事故で失われた記憶と、知らない姉妹の絆。
実莉と礼華は、知らぬ間に互いの存在を求め、引き寄せられている。
その感情の渦に、誰も逃げられない――。
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