テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
あや
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「それにしても、うざいわねぇ。やり口が姑息と言うか……。穂乃果も、嫌ならさっさとそんな病院辞めちゃえばいいじゃない」
「それは……そうなんですけど……出来ないんです」
「出来ないって、なんでよ? まさか、そのクズに未練でもあるわけ?」
ナオミの射抜くような視線に、穂乃果はぶんぶんと激しく首を振った。
「違います! 直樹のことはもう、完全に吹っ切れてます! そうじゃなくて……」
一瞬の迷いが、白い吐息となって漏れる。けれど、ナオミの瞳に嘘をつくことなんて、今の穂乃果には到底できなかった。
「実は、今働いている病院の院長……私の、父なんです。小さい頃に両親が離婚していて名字は違うんですけど……。色々と、気に掛けてくれてるから……」
夜の静寂に、穂乃果の過去がぽつりと落ちた。ナオミは少しだけ眉を動かしたが、すぐに納得したように「あぁ……」と短く息を吐いた。
「なるほどね。アンタじゃなくて、アンタの後ろが欲しいわけね。……下品な男」
ナオミの声から、明らかな不快感が滲み出す。直樹の狙いは、穂乃果自身というよりも、彼女の背後にある椅子や権力なのかもしれない。その醜悪な下心が、十一月の冷たい風よりも鋭く穂乃果の心を刺した。
「やっぱり、そう思いますよね……。前々からおかしいとは思ってたんです。なんで直樹は私と付き合っているんだろう? って。ちょっと考えればわかりそうなものなのに……。結局、直樹は私じゃなくって、肩書が欲しいだけだった……」
自分で言葉にして、胸に重くのしかかっていた感情が一気に溢れ出した。
——自分自身を愛してくれているんだと、信じたかった。地味で、これといって取り柄のない自分を選んでくれたのは、直樹だけは「中身」を見てくれているからだと思い込もうとしていた。けれど現実は、一番醜い理由で選ばれていただけ。
「……情けないですよね、私。全部、自分で気づかなかったんだから」
込み上げる思いは涙となって、今にも溢れ出しそうだった。必死にこらえて、それでもこらえきれなさそうで、穂乃果は唇をきゅっと噛んで俯いた。視界が歪み、街の灯りが滲んだ光の粒になっていく。
そんな穂乃果の震える肩を、ナオミが有無を言わせぬ強さで抱き寄せた。
「そうね。アンタは馬鹿。……そんなクズの為に自分を犠牲にする必要なんてないのに」
「……っ」
「泣きたいときは、思いっきり泣いちゃいなさい。今はアタシしか見てないから」
低く、けれど温かな響きが耳元で重なる。その言葉が、必死に支えていた何かを、音もなく崩した。
堪えていた涙が、熱い雫となって頬を伝い、ナオミのバスローブに吸い込まれていく。ナオミは何も言わず、ただ大きな手で穂乃果の背中を、一定のリズムで優しく撫で続けた。
十一月の冷たい夜風が、高層マンションのベランダを吹き抜けていく。けれど、厚手のバスローブ越しに伝わるナオミの体温は驚くほど高く、穂乃果の強張った体を芯から溶かしていった。