中園邸、勤務初日。
遥香様の白いブラウスをお出かけ前になんとか間に合わせたあとは、同じ住み込みの広瀬さんにいろいろと案内をしてもらった。
途中、救急箱が置いてあったので、湿布薬をもらっていいかと聞くと
「いいけど、どうかした?」
と怪訝そうにされた。
私は
「ちょっとどうなっているのか見てないんですけど……」
とファスナーを降ろして、左肩からワンピースを落とすと
「なに……打ち身?」
広瀬さんに酷く驚かれた。
動かせるから骨がどうこうはなっていないけど、酷い打撲だね。
「私の紅茶がまずかったらしくて。これから気を付けます」
「え……遥香様がやったの?」
「そうですけど、私が悪かったので誰にも言わないでくださいね。湿布だけ、お願いします。初日からこんなことが広がると、勤務しづらくなりますし……」
「それもそうだけど……遥香様から余計に目をつけられても困るか……」
その数時間あと、この家の主、中園篤志様の帰宅時にご挨拶をした。
私たちがご主人様とお呼びするこの方は、とても温厚そうに見える眼鏡の似合う方。
さらにそのあと、長男、篤久様が帰宅された時にも、玄関ホールでご挨拶をする。
「薬クサい……?」
「あ……申し訳ございません。先ほどまで湿布薬を貼っていたものですから……大変失礼しました」
食事の用意の際に、湿布薬をはがしていたのだけれど、篤久様には臭ったようだ。
「いえ、大丈夫ですが……」
そう言って私を見たまま言葉を止めた篤久様に
「何か……?」
と聞いてみる。
「若いのに湿布?と聞くのは失礼かと思いました」
無表情さがクールなイケメンを完成させるのか…と思いつつ、眼鏡のないご主人様と似ているな、とも思う。
普通のことを言われただけなのに、冗談を言われたのかと思うほど無表情だよ。
「私が一番若い使用人だと伺いましたので、元気に、皆さん以上に働きたいと思います。ただ、遥香様の担当となったので、メインは遥香様のお世話なのですが、よろしくお……」
「担当?父の担当、俺の担当などという分担ではなかったと思うが、変わった?」
「遥香様のご希望です」
「……そうですか」
そう言いながら、篤久様はもう螺旋階段に足を掛けていた。
遥香様は何時に帰って来られたのかは知らない。
数日経ち、遥香様からの突然の命令はいろいろとあったけれど、最初に広瀬さんが言っていたような、わがままなお嬢様という程度だと思う。
私は玄関ホールの大理石の床に掃除機をかけながら
“大理石がこんなに広く使われているって……どんな豪華な造りなの?”
と思うと同時に
“この玄関ホールにうちのアパートが入るわ”
と両親が暮らすボロアパートを思い出した。
そしてそのボロアパートは、私が数日前まで住んでいた実家だ。
大理石も螺旋階段も無縁の22年間を思い出しながら、私は掃除機を片付けた。
あの日……私が9歳のあの日、何もかもが変わってしまったのよ。
コメント
3件
この金持ち達に財産を取られたのかしら? 何かクサイわね。。。😎
9才の時に何が、、!?気になります😣中薗家の皆様が登場しましたが、みんなが裏がありそうで怪しいような😅
中薗家の皆様がお揃いになりましたね〜! ご長男の篤久様の無表情と匂いに敏感な神経質な方なのかなと気になる。ご主人様の篤志様はどうなのかな。温厚そう…もう少ししたらそれぞれの裏の顔が見えてくるね🎵 気になるといえば、真奈美ちゃんのご実家がボロアパートとと言うこと。そのアパートはこの中薗家となにか関係してるのか?いゃ〜勝手に妄想も更に楽しくなってきた!!! 真奈美ちゃんの肩、骨折してなさそうでよかったε-(´∀`*)ホッ