アパートに帰ると、ツヨシは夜食にチャーハンを食べていた。さっきまでミエが遊びに来ていて、作っておいてくれたという。
健太はGパンのポケットの中にある、今夜はついに使う機会の見出せなかった合鍵の存在を指で確かめた。
「それにしても随分遅かったな。メシ冷めちゃってるぞ。一度火を入れてくれ」とツヨシは言った「それから、キヨシから連絡があったぞ。あいつこれからマレナ一家と飛行機に乗って、一週間の旅行に出るんだと。旅から帰ったら共和国に一旦身柄を避難させてほしい、隙を見てまた電話するってところで電話切れた」
健太はツヨシに詰め寄った。
「車は空港の駐車場だ。明日の放課後時間あるか」
ツヨシは眉をゆがめた。
「明日はママドゥ……クラスが一緒のアフリカ人なんだけど……に呼ばれてるんだ。何か深刻な悩みがあるらしい。捜索に協力はしたいんだけど、ママドゥも放っておけないんだよ、悪いな」
健太は急ぎミエに電話をした。彼女の反応は「協力はするけど明日はムリ。宿題で手が一杯」というものだった。
「ミエも、意外とあっさりしてるよなぁ」健太は口をとがらせた。
「あのコ、今は自分のことで手一杯なんだよ。健太には気の毒だけど、他人への協力どこじゃないと思うよ」重病の妹を国に抱えている。彼氏は太平洋の彼方にいて逢えない。
健太は頭を抱え込んだ。どれくらいその姿勢でいたのかは、わからない。首筋に痛みを感じて顔を上げると、ツヨシの姿はすでになかった。部屋で宿題をやっているのか、洗濯物を取りに出かけたのか、それは分からない。
「他人への協力どころじゃない、か」
健太は尻ポケットから電話帳を引っこ抜いた。表紙は折れ曲がり、ビニールカバーが破けている部分はセロテープで何重にも補強してある。
頼みのヘラルドも家にはいなかった。アレシオは明日から彼女と一泊二日の旅に出る準備に追われているという。
ゴリラさんに協力を求めるのは、酷だと思った。しかし、電話をしないでいるわけにもいかない。
「キヨシなんかを信用するから馬鹿見るのよ。その問題だって、全部アイツのせい。健太さんのせいじゃないよ」
今は説教を聞いている時間がない。
手帳の片隅にDJの電話番号が走り書きしてあるのを見つけた。日差しの内側でもサングラスをかけている、アーミーズ・ルックをしたキザったらしい男。プッシュホンの番号を押す指が躊躇している。
「きっと連絡してもいないだろう」健太はひとりごとを言った。そして五回コールまでしてみようと決めた。
二回目のコール後、受話器の向こうから、癖のある韓国語なまりの英語が聞こえた。