南米特捜班はダウンタウンのビルの一室にあった。
吹き抜けの部屋には書類の積まれた机が見渡す限り続き、その間を大柄な男どもが行き来している。健太はカウンターのブザーを押すと、十メートルほど先で談笑していた三十歳過ぎの警官服の男が振り向いた。今朝連絡したものですと健太がいうと、へスーサと名乗ったその警官は健太とDJを自分の席へ案内した。
「今日は朝から、国際空港に十二棟もある駐車場の一階から四階までくまなく車を探したんです」と健太は言った。
「それから、午後は市内にもう一つあるローカル空港の駐車場を捜しました」とDJが言った。
へスーサ氏は「ご苦労だったね」と無表情に言うと、回転椅子の角度を換え、机の上のキーボードをパタパタと打った。
「君達の言う、マリア・エレナ・ルナとはこの娘のことか」
へスーサ氏はモニターを健太の見える角度に動かした。
そこに写る少女はいくらか幼く見えるが、確かにマレナによく似ていた。
凝視する健太をよそに、氏は棚からファイルを取り出し、机にドンと置いた。
「ホセ・ルナ。マリアの父親。エクアドル出身。麻薬密売人。
シンシア・エレナ。マリアの母。ホセの三度目の妻。売春宿経営」
さらにホセもシンシアも偽名で、当局ではホセに十一個、シンシアに十二個の名前があるところまで確認しているという。マレナとこの二人の血のつながりは不明で、あるときは伯父・伯母といい、またあるときは父・母と呼ぶという。当局では父・母として呼称しているという。
「逮捕することはできますか」健太の口調は静かで強かった。
へスーサ氏はうなずいてから、「でも、マリア・エレナ・ルナの両親は頭がいい。どんなことをしたらどれくらい豚箱に放り込まれて、そのあとまた出てこれるかを熟知している。もちろん、これまでも牢屋に何度も出入りしている。
それに、彼らはお金を持ってない。仮に捕まえて裁判で君が勝って君への支払いを命じたとしても、ないものは払えない」
「つまり、お金の返る見込みはないってことですか?」
「ない、とは言わないけれど、実際はかなり難しいだろうね」
マレナの記録ファイルにソーシャル・セキュリティ・ナンバーが書き込まれていた。健太は財布から、自分のカードを取り出して見比べた。
番号は一致した。
「君の番号を使ってカードを偽装して、州のIDカード、銀行口座、仕事まで得ている可能性もある」とへスーサ氏は言った「君はよほどお人よしか、平和な国からやってきたんだな。この街ではたとえ友達にも、そんなものは見せるべきではない」
健太はコンピューターの画面から顔を背けた。机の下にあるDJの、赤くなった握りこぶしが震えているのが見えた。
「健太、お前のルームメイトや日本の友達は、こんなときに一体何してるんだ」
DJの声は低かった。
健太は目を閉じた。
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