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第三章 氷晶と炎音
番外編③ 星を追う旅人
夜の砂漠は、昼とはまるで別の顔を見せる。
焼けるような熱を宿していた大地は静かに冷え、見上げれば、手を伸ばせば届きそうなほど無数の星々が瞬いていた。
その夜も、スカーレット・キャラバンは野営をしていた。
荷馬車が円を描くように並べられ、
中央では大きな焚き火が揺れている。
酒を酌み交わす商人たち。
異国語の飛び交う賑やかな声。
笑い声。
楽器の音。
香辛料と焼いた肉の匂い。
幼いシュンタは、その輪の中心にいた。
まだ十歳にも満たない少年。
けれど、赤い髪と真紅の瞳は焚き火の光を受けてきらきらと輝いている。
「おーい!次はシュンタだぞ!」
「しゃーないなぁ!」
待ってましたとばかりに立ち上がる。
小さなリュートを抱え、
焚き火の前へ腰を下ろした。
軽く弦を弾く。
陽気な音が夜へ広がった。
「待ってました!」
「今日は何歌うんや?」
シュンタは得意げに笑う。
「今日は南の島の歌な!」
軽快な旋律。
旅の途中で覚えた異国の歌。
知らない言葉なのに、不思議と心が弾む。
旅芸人たちが手拍子を始める。
踊り子たちが輪の中へ飛び込む。
焚き火の火花が夜空へ舞い上がった。
シュンタは歌うことが好きだった。
楽器を奏でることも。
誰かが笑ってくれることも。
そして何より、空気が変わる瞬間が好きだった。
険しかった顔が笑顔になる瞬間。
疲れていた人が肩を揺らして笑う瞬間。
知らない者同士が歌を通して繋がる瞬間。
それを見るたび、胸の奥が温かくなる。
演奏が終わると、盛大な拍手が起きた。
「上手くなったなぁ!」
「もう親父より稼げるんちゃうか!」
「それはまだや!」
照れ隠しに笑う。
その時だった。
少し離れた場所で、誰かが呼んだ。
「シュンタ」
振り返る。
そこには同じくらいの年頃の少年が立っていた。
数日前、この街で知り合った友達だった。
市場を案内してくれて、一緒に走り回った。
喧嘩もして、仲直りもした。
たった数日。
それでも大切な友達だった。
「どうしたん?」
シュンタが近寄る。
少年は少しだけ俯いた。
「明日、行くんだろ」
シュンタは頷く。
「うん」
「次は北やって」
「そっか……」
沈黙が落ちる。
焚き火の音だけが聞こえた。
少年はしばらく黙った後、小さな声で聞いた。
「また会える?」
幼いシュンタは少しだけ困った。
旅は続く。
次にここへ来るのがいつになるのか分からない。
一年後かもしれない。
十年後かもしれない。
もしかしたら二度と来ないかもしれない。
シュンタは笑った。
「会えるやろ」
「ほんと?」
「世界って思っとるより広いけど」
真紅の瞳が星空を映す。
「思っとるより狭いで」
少年が首を傾げる。
「またどっかで会うかもしれんし、
違う街で偶然会うかもしれん」
「それに、俺らが大人になってから会うかもしれん。
だからそんな顔すんなや」
そう言って笑う。
少年も少しだけ笑った。
「変なやつ」
「よう言われる」
二人は顔を見合わせて笑った。
翌朝。
スカーレット・キャラバンは出発した。
朝日に照らされた砂漠。
ゆっくり進み始める荷馬車。
シュンタは荷台の上から身を乗り出した。
「またなー!!」
大きく手を振る。
少年も地面を走りながら手を振る。
「うん、またなー!!」
距離が離れる。
姿が小さくなる。
やがて見えなくなる。
寂しくないわけじゃなかった。
胸の奥が少しだけ痛む。
それでも、シュンタは知っていた。
別れがあるから出会える。
出会ったから別れが来る。
旅とはその繰り返しなのだと。
荷台へ寝転がる。
深紅の瞳には、どこまでも青い空が映っていた。
「次はどんな人と会えるかなぁ」
ぽつりと呟く。
すると隣に座っていたフレアが優しく笑った。
「楽しみ?」
「めっちゃ」
即答だった。
フレアは息子の頭を撫でる。
シュンタは昔からそうだった。
知らない街を見たがる。
知らない人と話したがる。
知らない世界を知りたがる。
だからきっと、この子の旅はどこまでも続いていくのだろう。
シュンタは再び空を見上げた。
昼の空に星は見えない。
けれど確かにそこにある。
まだ見ぬ景色。
まだ見ぬ出会い。
まだ見ぬ世界。
いつかどこかで出会う誰かを思いながら、少年は楽しそうに笑った。
その未来に、雪の国で出会う、
孤独な王子がいることも知らずに。
コメント
1件
泣きました。夜の砂漠でリュートを弾く幼いシュンタの姿、もう最高に愛おしいです。「思っとるより狭いで」って言葉、幼いながらに旅人の哲学が滲んでて胸に刺さりました。別れの寂しさを知りながらも「次はどんな人に会えるかな」って笑える強さ——フレアさんとのやり取りも含めて、この子の根っこの温かさが詰まった番外編でした。最後の孤独な王子への伏線、本編を読んだ後だとさらにグッときますね…!