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ラウラ・カシュナーの部屋を飛び出した俺は、そのまま早足で自室を目指した。


(くそっ、顔が熱い……。どうなってるんだ……!)


なぜか火照ってしまう顔を誰にも見られないよう片手で覆い隠す。


(あの時までは、いつもの俺だったのに……)


そうだ。あの時までは、何事もなく平穏だった。

森の魔女ヴァネサに依頼した件で話があるからと、彼女から謁見の申し出があり、俺は渋々了承したのだった。


依頼が依頼だから念のために会いはしたが、忙しいときに地味な小娘が何の話だとイライラしながら相手をしていた。


早く話を終えるよう睨みつけて圧をかけ、いつも通りの俺のはずだった。それなのに。


あの娘がウインクをしてから、俺はすっかりおかしくなってしまった。


(なぜ、こんなにもあの娘のことが愛らしく見えてしまうんだ……!)


彼女がにっこりと微笑んでウインクした瞬間、世界が書き換わるような衝撃を受けた。


灰色だった世界に初めて色がもたらされるような、氷で閉ざされた冬の世界に暖かな春が訪れるような。


俺は呼吸をするのも忘れ、彼女に釘付けになってしまった。

心臓が今までにない速さでドクドクと脈打つのを感じた。

明らかな異変に戸惑っていると、やがて彼女は背中を向け、俺の元から去ろうとした。


──だめだ。彼女を逃してはならない。


一瞬のうちに強い焦燥感を覚え、気づけば俺は周囲の兵士に彼女を捕らえる命令を下していた。




彼女を捕らえて連れて行かせた後、俺は椅子に座ったまま天を仰いだ。


変だ。どう考えてもおかしい。

日々、あまりの多忙さに苛立つことは多かったが、何かに心を焦らせることなどほとんどなかった。それなのに、さっきはどうしたというんだ。


おまけに、あの世界が生まれ変わったような感覚。

あんな心地になったのは生まれて初めてだった。

まるで、魔法のように一瞬で──……。


そこで俺はハッと気づいた。


──そうか、魔法だ……!


あの娘は、きっと俺に魅了の魔法をかけたのだ。それ以外に考えられない。


おそらく、俺に見せたウインクに魅了の効果が込められていたのだろう。

ウインクを目にした途端、急にあの娘が眩しく見えるようになったのだ。

そんなこと、魔法をかけられたのでなければありえない。


あの娘は、第一王子だけでなく、第二王子である俺までも魅了魔法で手玉に取って利用しようとしているに違いない。

大人しそうに見せかけておいて、なんという恐ろしい女だ。


それに、魅了魔法の威力もよく分かった。

この俺でさえ、こんなにも心を動かされるのだから、女好きの第一王子であればあっという間に虜となるはずだ。それこそ主人に従う犬のように、何でも言いなりになることだろう。そうなれば儲け物だ。


だが、それも俺が魅了魔法にかけられてしまっていてはどうしようもない。

交換条件を持ちかけるなりして、一刻も早く魅了魔法を解かせなければ。

……そして、魔法を解かせた後には、相応の罰も与えなくてはな。


俺を敵に回したことを後悔させてやろう。





……そう思っていたはずなのに、地下牢の固く冷たい地面に座り込んで涙を拭う彼女を見ていたら、ひどく胸が痛んだ。


こんなに華奢で幼気いたいけな彼女を地下牢に閉じ込めて罪人扱いするなど、とんでもない非道だ。

一体どこのどいつの所業だ?


──俺だ。


俺は自分で自分を殴りたくなった。

たしかに彼女を逃してはならないのは事実だが、その場所は地下牢でなくともよいはずだ。


こんな場所に彼女を閉じ込めておくわけにはいかない。


鉄格子に囚われる彼女の姿をそれ以上見ていられなかった俺は、監禁場所を移すことを伝えてその場を後にしたのだった。





そして、デニスが彼女を新しい監禁場所に移動させた頃、俺はそこへいそいそと……ではない──悠然と向かった。


そう、これは俺にかけられた魔法を解かせるための面会。

交渉を優位に進めるためには、相手に舐められたらお終いだ。


新たな監禁部屋にたどり着いた俺は、中の様子を覗き見る。

ちょうどデニスが彼女を案内し終わったようだ。

俺は威厳ある態度を心がけて、襟元を正す。咳払いで存在をアピールすると、戸惑った表情の彼女と目が合った。


──愛らしい。


思わずそんな言葉を口にしそうになり、俺はグッと歯を食いしばった。

まずい。彼女と離れているときは平気だったのに、こうして姿を目にした途端、また情緒がおかしくなってきた。なんて強力な魔法だ。


俺は眉間に力を込め、努めて冷ややかな声を出す。


「……お前、やってくれたな」


こうやって彼女にマウントを取り、有利に話を進めようと思ったのだが……。

彼女は突然、弁明を始めた。


「す、すみません……! あれはついうっかり、アクシデントと言いますか……」

「……アクシデントだと?」


彼女は、悪意はなかったのだと言い、その小さな両手を握りしめた。

大きな瞳から薔薇の朝露のような涙が流れる。


彼女のその庇護欲を誘うような姿に、俺はかっと顔が熱くなるのを感じた。


この俺が、こうも簡単に心を乱されてしまうなんて。

それをこの娘はただのアクシデントだと言うのか?


そして、またそうやって俺の心を惑わすのか……!?


訳の分からない胸の苦しさに襲われ、俺は思わず彼女に叫ぶ。


「お前が俺に魅了魔法をかけたのは、ただのアクシデントだったと言うのか!?」


突然の大声に驚いたのか、彼女は目を見開いたまま動かない。


しまった、怖がらせるつもりはなかったのに。

……いや、彼女が怯んでいる今こそ交渉のチャンスかもしれない。


そう考えた俺は、彼女に尋問を始めた……のだが、なぜか途中で口から勝手におかしな質問が飛び出してしまった。何を聞いているんだ俺は。


「彼女の好きな花なんて聞いてどうする」と呆れながらも、「たしかにスミレの花は彼女の雰囲気に似合うな」と納得する自分もいて、頭の中はぐちゃぐちゃだ。


おまけに彼女が俺の名前を口にしたとき、一瞬どきっとしてしまって、本当にどうかしている。


もうダメだ、魅了魔法がこれほど恐ろしいものだとは思わなかった。

これはそんな危険極まりない魔法を私欲のために利用しようとした俺への罰なのかもしれない。


珍しく反省の念を覚えていると、彼女──ラウラが信じられないことを言い出した。


『私はイザーク王子に魅了魔法なんてかけていない』、そう言ったのだ。


そんな訳があるか!

訳の分からない感情にこんなにも振り回されているというのに──。


しかもラウラは、なぜ自分が魅了魔法をかけたと思っているのかと尋ねてきた。


なぜか、だと?

そんなこと、魔女の弟子のお前が一番よく分かっているだろう……!


俺の頭の中で、ブチっと何かが切れる音がした。


「お前を見ると、ときめいてしまうからだっ!」


ああ、俺は何を絶叫しているんだ。

でも、俺をこんな状態にしておきながら、魅了魔法はかけていないはずだからと放っておかれたくはなかった。


不本意ではあるが、俺のこの惨状を晒せば、たしかに魅了魔法がかかっていると理解してもらえるだろう。


俺は、ラウラが魅了魔法をかけたこと自体は許すと寛大な態度を見せつつ、しかし魔法は必ず解くよう命じて部屋を出た。


限界だったのだ。


ラウラが綺麗な瞳を大きく見開いてじっと俺を見つめるから、これ以上あの視線を向けられたら、また常軌を逸した言動をしてしまいそうだった。


(……とりあえず、ラウラは逃さずに済んだ。あとは快適に過ごせるようにしてやらなければ)


そうして俺は、もはや何が目的なのか混乱したまま、長い廊下を進んでいくのだった。


冷血王子が「お前の魅了魔法にかかった」と溺愛してきます 〜でも私、魔力ゼロのはずなんですけど〜

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