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「太宰治は知ってるか?」
丑嶋は含み笑いを浮かべながらそう尋ねる。
「太宰治?名前だけなら聞いたことあります。切腹自殺した人ですよね?」
「それは三島由紀夫だな。だがよく知ってるな?確かに太宰も自殺は自殺だが。じゃあ太宰治の代表作の走れメロスは知っているか?」
「それも名前だけなら。その本に走るコツとかが書いてあるんですか?」
桜児は丑嶋の、質問しながら情報を小出しにする話風が気に入らなかった。
「まぁ慌てるな。走るコツなどは書いていない。太宰治は長距離選手でもないし、ただの作家だ。」
「じゃあ走れメロスとマラソン大会がどう関係してるんですか!?」
桜児は少し休んで体力が戻ると共に苛立っていた。
こんなこと話してる間にも、走って体力をつけた方が良いのではないか。
丑嶋は自分で遊んでいるのではないか。
そんな桜児の様子に申し訳なくなったのか、丑嶋は結論を言うことに決めた。
「悪かった悪かった。その走れメロスを読んで、お前のセリヌンティウスを見つけろ。そうすれば自ずと結果は付いてくる。」
「俺のセリヌンティウス?」
桜児は走れメロスを読んだことがない。
なんか必死に走ってるということは想像つくが、セリヌンティウスとは何かは知らない。
おそらく人の名前であるということは分かるが、自分のセリヌンティウスって何だ?
もしかして丑嶋は何か危ない宗教か思想の持ち主なのか?
他クラスの担任なので、特に接点があるわけではないので、少し気味が悪くなった。
桜児が知っているのは、いつも棒状の何かを加えていることだけだ。
今もチュッパチャプスを咥えている。
眼鏡も尖っているし、その奥の瞳も尖っている。
学生の頃はやんちゃしてましたって風貌だ。
そんな人がお前のセリヌンティウスを見つけろ、だなんてよく考えたら怖い。
黙ったまま逡巡している桜児を横目に丑嶋は立ち上がり、貂彩学園の正門から入ってすぐにある大木を指差す。
「生前に太宰治がこの辺りに滞在していた時に、この木の幹に腰かけてある作品を執筆していたんだ。」
「それが走れメロスだって言うんですか?」
大木の方へ歩きだした丑嶋に付いて、桜児は尋ねる。
「察しが良いな。ちょうどその時、地域のマラソン大会が行われていて、必死に走る人達を見て思いついた作品だと言う。」
太宰がこんな田舎にやってきて作品を書いていた?
ー確か関東の人じゃなかったっけ?分かんないけど。
しかもちょうどマラソン大会があってそこから書いた作品が走れメロス?
ーそれって単純すぎないか?分かんないけど。
丑嶋は語り終わると桜児の方に向き直り、最後にこう告げる。
「この木にはメロスの意志が宿っていると云われている。メロスの物語を理解した者、心にセリヌンティウスを宿したものは必ず走りきれる。休憩がてらに読んでみるのも悪くないんじゃないか?」
丑嶋はそう言葉を送ると、校舎に振り向きゆっくりと歩いていった。
1人残された桜児は、眉唾物の話を聞かされて戸惑った。
よく考えればかなり怪しい話だが、切羽詰まっていた桜児は藁にもすがる思いで、自然と図書館へと足が動いていた。