テラーノベル
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魔皇公ゼルギウス=ゼディアが、大きな声で笑った。
「ヴェルグの仇も、セント・リバイス王国の勇者も、大したことはないではないか」
その声が、黒い空間に響く。
倒れている俺たちを見下ろし、六本腕の悪魔は喉の奥を鳴らした。
「数を揃えてもそのざまか。ボッホッホッホッ!」
重い笑い声だった。
笑い声だけで、空気が沈む。
床に残った黒い管が震え、砕けた石片が細かく跳ねた。
俺は顔を上げる。
勇者パーティの方を見た。
レオンも、ヴィオラも、黒装束の忍者も、床に膝をついている。
全員が大きなダメージを受けていた。
セリナは少し離れた場所に倒れている。
二枚の盾は手放していない。
だが、その腕は震えていた。
まずい。
このままでは、次で終わる。
そう思った瞬間、胸元の鎧が淡く光った。
《キングはぐれミスリルスライムの鎧》。
銀色の鎧の表面から、淡い緑の光がにじみ出る。
それは水のように広がり、胸、腹、肩、腕へと染み込んでいった。
HP自動回復、特大。
焼けた皮膚の痛みが、少しずつ引いていく。
裂けた傷が塞がる。
呼吸が戻る。
視界の白い霞が薄れていく。
だが、身体はまだ自由に動かない。
それに、俺は自分の左足を見た。
膝から下がない。
黒く焦げた断面は、鎧の効果で出血こそ止まり始めている。
けれど、ないものは戻っていない。
この足では、自由に跳べない。
攻撃に体重を乗せられない。
回避もままならない。
《跳空のブーツ》があっても、踏み込む足がなければ意味がない。
◆
「まずは、憎き仇を討たせてもらおう」
ゼルギウスが、こちらへ歩いてきた。
六本腕のうち、右上腕の剣がゆっくりと持ち上がる。
俺は剣を握る。
立てない。
それでも、剣だけは手放せない。
ゼルギウスの影が、俺たちの上に落ちた。
「止めてみせる!」
ノエルの声が響いた。
「《多層聖界・プリズムウォール》!」
白い紋様が床を走る。
俺たちの前に、何層もの光の壁が展開された。
ノエルはふらついていた。
額には汗が浮かび、肩で息をしている。
それでも、両手を前に出し、俺たちの前に結界を張っている。
ゼルギウスの剣が振り下ろされた。
剣と光の壁がぶつかり合い、激しい火花が散った。
半透明の壁に細いヒビが走る。
一本。
また一本。
結界が大きくたわむ。
「くっ……!」
#現代ファンタジー
裏五条
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ノエルの足が、床を滑った。
それでも踏みとどまる。
だが、ゼルギウスの剣圧は重すぎた。
パキンッ!
結界が割れた。
白い破片が、光の粒になって散っていく。
「これまでだ」
ゼルギウスが、再び剣を振り上げた。
その腕に、黒い影が絡みつく。
床から伸びた闇が、剣を持つ腕へ巻きついていた。
クロエの《闇縛域》。
「させないよ……絶対に!」
クロエがロッドを握ったまま叫ぶ。
顔色は悪い。
膝も震えている。
それでも、黒い影を必死に伸ばしている。
「この程度で止められると思うな、小娘が!」
ゼルギウスの腕が動く。
ぶちぶち、と嫌な音を立てて、黒い束縛が引き千切られていく。
クロエが歯を食いしばった。
「っ……!」
その瞬間、ゼルギウスの身体ががくりと沈んだ。
足元。
床から伸びた土の腕が、ゼルギウスの足に絡みついていた。
フィーネの《スネア》。
「……やらせません……!」
フィーネが震える声で言う。
顔は青い。
それでも、両手を床へ向け、土の精霊力を必死に操っている。
ゼルギウスの足首に、土の腕が何本も絡みつく。
膝へ。
腰へ。
少しでも動きを止めようと、地面そのものがしがみついている。
だが、魔皇公は止まらない。
ゼルギウスが一歩踏み出す。
土の腕が砕ける。
もう一歩。
《闇縛域》の残りが千切れる。
結界。
闇。
土。
仲間たちが、全部を使って止めようとしている。
それでも、ゼルギウスの剣は、ゆっくりと振り上がっていく。
◆
そこから先は、妙に遅く見えた。
ゼルギウスの巨大な剣が、黒い天井を背にして持ち上がる。
刃に赤黒い魔力がまとわりつく。
俺は、それを見上げていた。
左足はない。
身体は動かない。
剣を握る手だけが、痛いほど強く柄を掴んでいる。
ノエルがこちらへ駆け寄ろうとしている。
けれど、足元がふらつき、間に合わない。
フィーネは床に手をついたまま、目を見開いて固まっていた。
肩が震えている。
クロエが叫ぶ。
何を言っているのか、音が遠くて分からない。
ゼルギウスの剣が、ゆっくりと降りてくる。
このままでは。
誰もが、息を呑んだ。
その時だった。
何者かが、俺の前に飛び込んだ。
キィィィィン!!
甲高い音が、黒い空間を貫いた。
剣が弾かれる。
魔力の火花が散る。
俺は見た。
髪も、手も、足も、血に濡れている。
立っているだけでもおかしいほど、傷だらけだった。
それでも、その背中は倒れていなかった。
屈強で、力強く、俺の前に立っていた。
両の手には、二枚の大型盾。
その盾は震えている。
腕も震えている。
けれど、視線だけは違った。
さっきまで焦点の合わなかった瞳が、今ははっきりと前を向いている。
命令に従っているだけの空っぽな目じゃない。
何かを守ると決めた者の目だった。
守護セリナ・フェリス。
彼女が、俺の前に立っていた。
誰かの命令ではなく。
俺を、守るために。
「……これ以上は」
セリナの声が、小さく響いた。
震えている。
けれど、確かに自分の声だった。
「わたくしの前では、倒させません」
ゼルギウスの剣を弾いた二枚盾が、もう一度構えられる。
俺は、その背中を見上げた。
この戦場には、放っておけないものがある。
そう思っていた。
けれど。
先に動いたのは、俺ではなかった。
首輪に縛られていたはずの守護が、初めて自分の意思で、俺の前に立っていた。
コメント
1件
いやあ…第98話、めっちゃ熱かったですね。 特にセリナが自らの意志で前に立った瞬間、背筋がゾクッとしました。これまで「守護」として命令に従うだけだった彼女が、初めて自分の言葉で「倒させません」と言い切る。首輪があっても意思は縛れないんだなって、ぐっときました。 ノエルたちが次々に立ち上がって止めようとする姿も胸にくるものがありましたね。それでも魔皇公の圧倒的な力の前に、じりじりと追い詰められる緊迫感がたまらなかったです。 「足を失っても剣は手放さない」という主人公の執念も好きです。この先、どんな反撃が待っているのか、続きが気になって仕方ありません!