テラーノベル
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翌朝、重い体を引きずってミネラルウォーターを取りに部屋を出ると、バスルームから出てきた瀬名と鉢合わせた。
上半身は裸で、首に無造作にタオルを掛けている。濡れた髪が額に張り付き、立ち上る湯気とともに漂う石鹸の香りが、嫌悪したくなるほどセクシーで――そんな姿に、一瞬でも心臓を跳ねさせてしまった自分自身に猛烈に呆れた。
唐突な遭遇に、理人は喉まで出かかった挨拶を飲み込み、表情を硬くした。そんな理人の異変を察したのか、瀬名が訝しげな表情を向けてくる。
「理人さん? 昨日はなんで電話に出てくれなかったんですか?」
何事もなかったかのような、いつも通りの無邪気なトーン。その態度が、理人の中に冷たい火をつけた。
「……女連れで電話なんかしてくるんじゃねぇよ。どういう神経してんだ」
なるべく平静を装い、吐き捨てるように告げた。精一杯の皮肉を込めて拒絶したつもりだったが、理人の予想に反して、瀬名はきょとんと目を丸くしている。
「え? 僕、理人さんのことずっと待ってたんですよ……?」
「……は?」
何を言っているんだ、こいつは。今更しらばっくれるつもりなのか。理人は唖然としながら、信じられない思いで目の前の男を見つめた。
「昼もいつの間にか居なくなっちゃうし。一緒に食べようと思って楽しみにしてたのに」
まるで拗ねた子供のような物言い。その無神経さに、理人の思考が真っ白に染まっていく。
「なんで女の作ったもんを嬉しそうに食ってるお前を眺めながら、俺が飯を食わなきゃいけないんだ。……新手の嫌がらせか!?」
「え? ちょっと、何の話ですか? さっきから会話が噛み合ってない気がするんですけど……」
睨みつけたまま語気を強めると、瀬名は本気で分からないといった様子で首を傾げた。とても演技には見えないその態度が、余計に理人を逆撫でする。あくまでもシラを切り通すつもりらしい。
「ふざけんな! わざわざ弁当を持ってきた女がいただろうが! 帰りだって……あんなに仲良く連れ立って。好きな女ができたんなら、はっきりそう言えばいいじゃねぇか!」
カッとなって叫ぶように吐き捨てると、瀬名が驚いたように目を見開いた。
「理人さん、何か誤解してます。真奈美とはそんなんじゃ……」
「うるせぇ!! 言い訳なんて聞きたくねぇんだよ! さぞ滑稽だっただろうな。浮気されてるのも気づかずに、馬鹿みたいにお前に溺れてた俺の姿は……! バレなきゃいいと思ってたんだろ? どうせこいつはただのセフレだから、いくら傷つけても構わねぇって……」
言葉にすればするほど、自分が惨めに思えてくる。悔しくて、情けなくて、視界が熱くなるのを必死に堪えた。自分でも何を口走っているのか、もう制御が効かない。
「理人さん、落ち着いてください。とりあえず話を……」
「話なら後で聞いてやる! 今はとにかく……出て行ってくれ」
「理人さ――」
「触るな!!」
伸ばされた手を弾くように払い除け、理人は瀬名を鋭く睨みつけた。
「さっさと出て行け……。頼むから、今だけは一人にしてくれ……っ」
最後は泣き出しそうな声で懇願していた。瀬名は困惑に顔を歪めながらも、小さく吐息をつき、「……わかりました」と一言だけ呟いて背を向けた。
「あぁ、それと。……今後は仕事以外で私の部屋に来るのも、連絡するのも、一切やめてくれ」
「……っ」
「それが、お互いのためだ」
氷のように冷たく言い放ち、理人は瀬名の横をすり抜けてリビングへと戻った。瀬名は何かを訴えかけるように腕を伸ばしかけたが、その指先が理人の肩に触れることは、二度となかった。
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