テラーノベル
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新月の夜。暖かな照明に照らされて、つぼ浦と青井の真下にどす黒い影が落ちる。辺りは浮ついたムードで対極にあるような肌にじわりと汗が滲んだ。耳を赤くして唸るつぼ浦の背をさする青井は、ま白い顔色のまま優越感からへらりと笑っている。
青井は勝ったのだ。
「つぼ浦ぁ、お前ってほんと弱いよね」
どこか恍惚とした甘い声で呟く。未だにもにゃもにゃ言っているつぼ浦は朦朧とした意識を手放そうとしない。
「ア?弱くねェっすよ。つかなんでアオセンは3人いるんすか」
「俺は1人しかいないし、お前は酔いすぎな」
かなしいかな、残念にも色恋沙汰に発展しないのが二人だった。
「てことで、酔っ払いはホストになれるのか。検証してみてよ」
「何が『てことでぇ』なのかわからんがまぁ良いよ」
責任はオーナーであり後輩である成瀬に押し付けられた。曰く、「成瀬はさっき楽しんだから今度は苦しめ」らしい。まさにパワハラ。もう少しオブラートに包むということを知ってほしい。
「じゃ、頑張れ。応援はしといたげる」
ひらりと片手を上げて去る背は愉快そうに震えていた。渡されたつぼ浦は顔がほんのりと紅潮している。服は乱れておらず、呂律が回っていないことに目を瞑れば一丁前のホストに見えるはずだ。
「つぼ浦さーん、死にましたー?」
「なんだァ?生きてるつもりだぜ」
「お、起きたっすね」
「ずっと起きてるがな。チクショウ、カニくんも忍者じゃねえか」
「分身してないです。あと顔近い」
ペンギンごと鷲掴みにされて、額同士がこつんと当たる。顔を覗き込むというより熱でも測られている気分だ。
「ン、流石カニくんだな。毛並みも毛艶もいい」
アルコールによる影響で普段より四倍増しで頭がぶっ飛んでるのか、ブランディングとか放置してホストムーブをカマしてくる。何なんだこの男は。
あ、そういえば。
「つぼ浦さん、今仕事中っす。酔ってる場合じゃねえっすよ」
「あァ?おれが何に酔ってるってんだよ、シラフのままに決まってるだろぉが」
「声にも覇気がないし。どーします、退勤?」
退勤させるつもりはなかったが、体調不良者が出てしまうと体裁が悪い。オーナーだが、それ以前に優しい後輩なのだ。フラフラしているつぼ浦を二本の足で起立させて、水を飲ませつつ無線をつぼ浦のカバンから探していた。その時だった。
『つぼ浦、5番卓指名だってー』
最悪な時間が来てしまった。無線から音質は悪かれど誰かわかる声が聞こえる。全ての元凶である青井らだおの、間延びした声だった。
「……どうしよ、つぼ浦さんは行けます?」
「ン?やれるぞ、いつでも」
「行けるなら5番卓行きましょ。ほら、あーんよがじょうず、あーんよがじょうず」
老人も幼児も顔負けのよたよた歩きでどうにか到着した。
出来る限りのカバーは意識がハッキリしていてノウハウも理解しているこちらがやらなければと気張る成瀬を笑うように、客が口を開く。
「よぉ、つぼ浦ァ。力二もいるじゃねえか」
「おじいちゃん、こんなとこになんで来たんだ?」
酔いは少し覚めたらしい。ギャングのボスがわざわざ出向くようなイベントではないはず。面白げに眉を寄せて口角が上がるヴァンダーマーはいつでも噛みつけるんだと警告をしているように見えた。
「ピュアなチェリーボーイが一皮剥けたと聞いたもんでな。……しかし、なかなか滑稽だ」
「あんま人に言う言葉ではないぞ、滑稽とか」
「すまんすまん、服に着られているお前がおかしくてな。お邪魔なノズルでも削ぐか?」
「ノズルゥ?ンなもんここにはねぇぞ、さっさと帰りなおじいちゃん」
「おい、力二。コイツに教えてやれ」
「やるわけないだろ。昔の価値観で止まってるから最近はそういうのダメってわかんないか」
いっそ喧嘩コンカフェにでもすりゃ良かったかな、そうしたら気兼ねなく殴れたのに。警察とは思えない感想が出てしまうところだったので成瀬は口元を抑える。つぼ浦は二人を気にも止めず上機嫌そうに揺れていた。
「どこ見てもカニ君がいんだ、なんかおもしれー」
成瀬からあくびのついでのため息があふれる。
「つぼーらさん、酔いすぎっす」
「ンー?酔うってたってな、車にも乗ってねえんだよなァ」
「酒だよ、泥酔してんすよあんた。らだおのとこ戻っときますか、俺が稼ぐんで」
先輩の見せ場を奪って金が入るんなら気楽だ。これは人助けでもツンデレの言い訳でもない。きっと。
「じゃあ言葉に甘えてアオセンのとこに行ってくるな。……なぁ、本当にいいのか?寂しくないか?」
「メンヘラ彼女みたいなことしないでくださーい、はい行ってらっしゃーい」
何度も振り向いて確認をするつぼ浦の背をぐいと押す。心配するなら自分の身を心配してほしいと願いながら、口に出すことはない。
「……さ、たっぷり話しましょっか。ヴァンダーマーよ」
「お前を指名した記憶はないんだがな、今の私は頗る機嫌がよい。飽きさせてくれるな」
先輩にちょっかいをかけられたことに激怒する警官VS飽きることが世界で一番嫌いなギャングのボスの間で、静かにゴングが鳴らされた。
「それで?なんでつぼ浦はここにいんの」
「カニ君が接客してるからだな」
「酔いすぎて仕事が出来なかったんだろうなぁ……」
こっそりと抜け出してひとり時間を満喫していたら、孤独からかけ離れた男がすぐそばにいた。満天の星空を覆うように吐き出した煙が立ち昇る。未だ上手くアルコールを分解できないらしいこの男は結構な時間が経てども足元がおぼつかない。顔も赤いが特に鼻先と耳が赤いのは気温が低いからだろうか。それにしては視線が泳いでいる。隠し事をするときの目だ。
「ねぇ、つぼ浦。なんか隠してることとかない?」
「隠してることっすか。あー、客はヴァンダーマーでした」
「そういうのじゃないんだよな、もっと、こう……根本的なやつ」
「根本的ィ?それこそなんもないっす。アオセンの服装に目のやり場がないことくらいです」
「え、それだよそれ。なに、惚れちゃったかぁ?」
男同士のノリによくあるテンションで聞いてみる。
「惚れるっつーか、なんか。アオセンがビカビカしてて見辛いっす」
「ひっど!?えぇ、そんなスパンコールとか入ってないのに?」
「なんか眩しいんすよね。とりあえず瞑想行ってきます」
つぼ浦は青井の言葉を待たずに瞑想に向かった。隣がぽっかり空いたことにほんの少しの寂しさが染みる。
「あー、気の迷い。おれも酔ってんだよ、過ちを犯す前に気付いてよかったなー」
目のやり場を探すほど目に毒で、本人を目の前にすると言葉がうまく出てこなくて、相手が眩しく見える。三十余年生きてきた頭の硬い男には、それを恋以外に何と呼ぶのか思いつきもしなかった。他人から愛されるだなんて喜ばしいが、青井はそれと同時にこれからの関係を考えてしまう自分に嫌気が差す。
そう簡単に月が美しいと言えない日だった。
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