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ファーディナンドさんが訪れた翌日の朝、依頼された薬が無事に完成した。
その薬とは、『意識障害(大)治癒ポーション』と『意識昏睡ポーション』の2つだ。
『意識障害(大)治癒ポーション』というのは、重度な意識障害を治癒する薬。
『意識昏睡ポーション』というのは、重度な意識障害……『昏睡』を引き起こす薬。
前者はとても優れた薬ではあるが、後者はとても危険な薬である。
飲んだら最後、一気に意識障害が現れてしまうのだ。
つまり、この薬は明らかに毒……ということになる。
ファーディナンドさんから教えてもらった計画はこうだ。
まず、既に意識不明の状態のグランベル公爵に『意識昏睡ポーション』を飲ませて、確実に意識が戻らないようにする。
そうしている間に、方々に調整と圧力を掛けて、グランベル公爵をその座から一気に引きずり下ろす――
……恥ずかしい失態をした直後で、しかも意識不明の状態。
いくつかの反発や障害はあるだろうが、それでも何とかしてみせる、というのがファーディナンドさんの談だった。
ちなみにグランベル公爵の命までは奪いたくないらしく、計画が上手くいったあとは、『意識障害(大)治癒ポーション』で治してあげたいとのこと。
さすがにその話が無ければ、私の抵抗感は強いものになっていただろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アイナさん、大丈夫ですか? 目の下にクマができてますよ……?」
朝食をとりに食堂に行くと、先に来ていたエミリアさんからそんなことを言われた。
「そうですか? ちょっと寝付けませんで……」
「え? 何か悩み事ですか? もしかしてテレーゼさんの――」
「あ、いや。テレーゼさんは関係ないんです。
……何というか、私の価値観というか、倫理観というか、罪悪感というか……そこら辺で」
重ね重ね言うが、『意識昏睡ポーション』というのは毒である。
そしてグランベル公爵が酷いことをしてきたとはいえ、その薬は彼の人生を叩き落とすものなのだ。
――明確な目的を持った、毒。
それを使うのが正しいのか?
私の不安な未来と、他人の栄光を、天秤に掛けてしまって良いのか?
そんなことを考えて、ついつい一晩悩んでしまっていた。
最終的には『私の不安な未来』から逃れるために、ファーディナンドさんにそれを渡すことにはしたのだけど……。
「話せることなら話した方が楽ですからね? わたしはいつでも相談に乗りますよ!」
「ありがとうございます。
……それじゃ、簡単にお話すると――」
メイドさんたちに聞かれないようにして、話せるところだけ話していく。
ファーディナンドさんに口止めされた、グランベル公爵の恥ずかしい話はしっかりと隠しておいた。
「……なるほど、確かにアイナさんは毒って作ったことが無いですからね……。
でも、たくさんの人の不安が取り除けるのであれば、それは仕方ないと思いますよ」
「あれ。結構、そう思ってくれるんですね……?」
「わたしはアイナさんの味方ですからね!
それにこんな世界ですから。攻められてから守るでは、遅いときもあるんです。
……そんな光景、もう見たくありませんから」
エミリアさんは、そう言って微笑んでくれた。
どこか寂しそうな空気を纏っていたのは……気のせいだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝食をとってしばらくすると、ジェラードがお屋敷にやって来た。
ファーディナンドさんから連絡が入って、私のところまで来てくれたらしい。
「――って、ジェラードさんの連絡方法って私も知らないのに!
何でファーディナンドさんが知っているんですか!?」
「あはは♪ 先方とは色々とね、連絡方法を交換しておいたんだよ。
アイナちゃんのところには、連絡方法を知らないことを口実に、ちょこちょこ来たいからさ♪」
「いや、私から緊急の話があったときはどうするつもりなんですか……」
「そこは愛の力とか、虫の知らせとかで何とかなるかな、って♪」
「はぁ……」
何だかはぐらかされてしまった。
まぁ何だかんだで、こちらの動静は窺っていそうだけど……。
「それでアイナちゃん。ファーディナンドさんからは『例の薬』が出来次第、僕が運ぶように依頼されてるんだ。
またすぐに作っちゃうと思ったから、早々に来てみたんだけど……そもそも、『例の薬』って何のこと?」
「えっと、それは――」
ジェラードにも、エミリアさんと同様の話を伝えてみる。
「……なるほど。ファーディナンドさんがこのお屋敷にまで来たっていうのも驚きだね……。
それにしても、その薬……毒? 怖いねぇ……」
「ですよねー……」
「んー……、分かった。その薬は渡してくるけど、しっかり飲ませるところまで僕が見てくるよ。
薬が余分に残って、他の用途で使われないかって不安でしょ?」
「あ、よく分かりましたね」
「ふふふ、僕はアイナちゃんの大ファンだからね♪」
以前作った『性格変更ポーション』でも不安に感じたところだが、巡り巡って自分の口に入ることも怖いのだ。
それが自分以外であったとしても、例えば王様の口にでも入って、国が傾いたり……とかね。
「それじゃ、お願いできますか?
いつも面倒なことばかりですいません」
「何の何の、全然問題ないさ。僕のことはむしろどんどん使ってよね。
アイナちゃんには、返せないほどの恩があるんだから」
「私としては、もうとっくに返してもらってる気はするんですけど……」
「あはは♪ まだまださ。僕の気は全然収まってないんだよ★」
おおぅ、珍しく語尾に星が飛んできた。
……でもそう言ってくれるのはとてもありがたい。ひとまずは今回もお世話になっておこう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日も今日とて、昼食はテレーゼさんと一緒。
日に日に、少しずつ顔色が良くなっていくのが嬉しい限りだ。
「――具合はいかがですか?」
「はい、ご心配をお掛けしてすいません。ぼちぼち……ってところです!
でも、こう言ってしまうのも申し訳ないんですが、アイナさんとお昼をご一緒できて嬉しいです」
「えーっと、それはどうも?」
テレーゼさんに対しては苦手な部分もあったけど、それはぐいぐい来るところだった。
でも、今は何となく、そのさじ加減が良い感じがする。これくらいなら私も抵抗感なく付き合っていけるんだけど――
……でも、やっぱり以前のテレーゼさんも恋しかった。
それが確認できたから、ぐいぐい来る性格に戻ったところで、私も以前よりもっと上手く付き合っていけるかもしれない。
そう思うと、彼女の完全復帰が待ち遠しくなってくる。
「昨晩は何とか……睡眠薬は飲まないで頑張ったんですよ。
何とか自力で眠ることができました……!」
「おお、それは良かったですね。
副作用はありませんけど、使わないに越したことはありませんからね」
「ですよね! ……あ、そうだ。
今度、私の部屋に遊びに来ませんか……? 簡単にご飯くらいなら作れますので」
「自炊できるんですね!」
「え、そりゃできますよ?
アイナさんとは違うんです、ふふふー」
「いえ、私もできますよ?」
元の世界では、しっかり独り暮らしをしていたからね。
こっちの世界ではお粥くらいしか作っていないけど。
「それは意外でした……」
「えぇー?」
「案外こう、錬金術は凄いのに料理がダメ、っていう萌えポイントがあるのかと思ってました」
「いやいや、そんなの無いですから!」
「それじゃ、遊びに来てもらったときは一緒にお料理でもしましょう。
私のオリジナルレシピを見せてあげますよ!」
「ふむ、そういうことでしたら神原家の――我が家の秘伝レシピもお見せすることにしましょう……!」
「えぇ!? 何ですか、それ!」
「まだ秘密ですよー♪」
「くぅ……っ」
「それでは遊びに行くのを楽しみにしていますので、まずは元気になってくださいね!」
「えー……。割ともう、結構元気になったと思いませんか?」
「もうちょっと、伸びしろはあるはずです! でもそれまでは、昼食はご一緒しましょう」
「……そう考えると家に呼ぶのは諦めて、ずっと昼食を一緒にするというのはアリですね……」
「いえ、無しですよ?」
「えぇーっ!?」
錬金術師ギルドの片隅で花咲く、私たちの会話。何てことはない、日常の会話だ。
かたや公爵家を揺るがす話、かたや誰の耳にも止まらない話。
……でもそんな両極端の話が、今の私の気持ちを安定させてくれているのかもしれない。