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『ジェネストリエーション』最終話(前編)
かつて聖地だったウェストミンスター寺院は、いまや異形の城と化していた。
石造りの隙間を埋め尽くす赤黒い筋繊維。
巨大な器官のように這い回り、粘ついた空気と鉄錆の臭気を漂わせている。
門前に佇む、三つの影。
「……行ってくる」
アランはそう短く告げると、振り返らずに重い扉を押し開けた。
背中に残る温もりだけを、溢れ落ちないよう心の奥底に強く押し込めて。
寺院の中は、静寂が耳を刺すほどに重い。
石床を叩く靴音が響く。
大聖堂へ踏み込んだ瞬間、アランの右腕 ——黒金色の筋繊維が不気味に軋みをあげた。
全身から立ち上るのは、鋭く冷たい殺気。
暗がりの中から、重い足音がひとつ近づいてくる。
「おかえり、アラン。待ってたよ」
兄のウィリアム。完全な適合者としての圧倒的な圧迫感を纏い、静かに微笑んでいた。
「エドワードはどこだ、ウィリアム」
「この先でアランを待ってるよ」
「そうか」
アランは右腕を緩やかに構えた。迷いはない。その瞳にあるのは、ただ静かな覚悟だけだった。
「じゃあ、どいてくれ」
地を蹴る衝撃。
ウィリアムの手から放たれた白銀の筋繊維が、音を立てて空気を切り裂く。
直後、アランの右腕が爆発的に跳ねた。
黒金の繊維が勢いよく伸び、幾重もの歪に噛み合った醜悪で禍々しい刃へと姿を変える。アランはその刃を一閃させ、迫る白銀を強引に叩き伏せた。
重厚な激突音が大聖堂を揺らす。
白銀の刃が縦横無尽に走り、極太の石柱を軽々と両断していく。焦げた空気と石粉が激しく舞う中、アランの刃も退かない。
自分を、兄を、この狂った世界を救うための殺意を乗せ、泥臭い肉弾戦へ押し込んでいく。
散る赤黒い火花。跳ね飛ぶ鮮血。
打ち合うたび、手に伝わるのは紛れもない兄の手応えだった。
踏み込み一閃。
アランの刃がウィリアムの胸元を深く穿ち、中枢の繊維を根元から断ち切る。
膝から崩れ落ちるウィリアム。
アランの胸の奥で、何かが静かに軋んだ。割り切れない痛みが、殺したはずの感情が喉の裏まで込み上げる。だが、アランは視線を逸らさない。唇を噛み締め、その悲痛を力任せに押し殺すと、動かなくなった兄の脇を通り抜けた。
*
最奥の扉の先。異様な「玉座」に、すべての元凶——父エドワードが座していた。
「来たか、アラン」
応じる間もなく、頭上が豪快に破砕される。
舞い降りたのは、不気味なほどの神々しさを纏う巨体。
——白銀のグリフォン。
暴走と融合の果て、完全体へと至ったウィリアムの姿だった。空気を震わせる狂気の咆哮とともに、白銀の鉤爪が迫り来る。
「ウィリアム……ッ!」
アランは右腕の禍々しい刃を限界まで太らせ、全力を込めて振り抜いた。叫びとともに解き放たれた一撃が、グリフォンの核を真っ直ぐ穿ち抜く。
凄絶な衝撃。巨体が崩壊し、白銀の粒子とともに元の人の姿へと戻っていく。アランは倒れ伏したウィリアムをきつく抱き起こした。
「……アラン……」
息絶えゆく兄の身体から溢れ出す、甘く懐かしい「白銀」の光。
幼い頃、自分を守ってくれた兄の温度。アランはその力を、不器用な優しさと痛みを抱えたまま、右腕へと深く吸収していく。
脈打つ黒金色の腕は、筋繊維の醜悪さを保ったまま、ぬらぬらと鈍く光る気高い「黒銀」へと色彩を変えていった。
アランは静かに兄を横たえ、溢れそうになる何かを強く呑み込んで立ち上がる。
だが、息子の死を前にしたエドワードの顔に浮かんでいたのは、歪んだ恍惚の笑みだった。
黒銀の腕を見つめ、低く呟く。
「——ジェネストリエーションの始まりだ」
凄まじい地響きが地面を揺らした。
エドワードの玉座の奥、石床を突き破って現れたのは、無数の筋繊維が酷く引きつり脈動する「肉の繭」。漂うのは甘く生臭い狂気の臭気。かつてアランの母親であり、病室で忌まわしき言の葉を残し去ったエレノアの成れの果てだった。
爆発的な圧力が大聖堂を砕く。ステンドグラスが爆ぜ、石柱が豪快な音を立てて崩れていく。
一瞬にして、寺院は瓦礫の山へと沈んだ。
やがて土煙が引いたあと、アランが瓦礫を叩き伏せて目にしたのは、うずたかく積もった瓦礫の頂に佇むエドワードの姿だった。
その視線の先には、壊滅した空間の中心で不気味に脈動を繰り返す、巨大な母親の繭。
瓦礫の山を挟み、二人の視線が再び交錯する。
コメント
29件
最終話前編、めっちゃ熱かったです…!!✨ アランとウィリアムの兄弟バトル、もう切なさと覚悟が渦巻いてて泣きそうになった😭 特に「黒銀」に変わった腕と、兄の温もりを吸収するシーン、エモすぎる…。そしてラストの母親の繭とエドワードの狂気…続きが気になって仕方ない!! エコさん、このクライマックス本当にすごいです🔥 後編も楽しみにしてます!