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第3話 時間の再生
――音が戻ってきた。
それは風の音ではなく、時の鼓動だった。
崩壊のあとに残った白い世界の中で、僕はゆっくりと目を開けた。
すべてを失ったはずの空間に、光の粒が舞っている。
その一つひとつが、僕の記憶だった。
いむくんが笑った午後。
夕焼けの教室で、彼奴が読んでいた本。
雨の日の傘の音、夏の匂い、指先のぬくもり。
それらが光になり、空に吸い込まれていく。
「……戻ってる、?」
少年は呟いた。声が反響する。
返事はない。けれど、胸の奥で確かに何かが“動いていた”。
目の前に、懐かしいノートが浮かんでいた。
“最後の記憶”と書かれた、あのノート。
今度は白紙ではない。新しい文字が、ひとりでに綴られていく。
「もし君がこれを読んでいるなら、時間は再び流れ始めた。」
「でも、前と同じには戻らない。過去は、過去のまま残る。」
「だから――未来を作って。」
いむくんの文字やった。
少年の喉が震える。
それは別れの言葉ではなく、“委ねる言葉”だった。
そのとき、背後から声がした。
「やっと、ここまで来たんやね。」
振り向くと、“もう一人の僕”が立っていた。
以前よりも穏やかな顔で、どこか安心しているようだった。
「……君は、もう消えたんじゃ?」
「僕は、君が封じた“時間”の残響さ。君がそれを解いたから、もう終わりや。」
僕は一歩近づいた。
「全部……僕のせいやったん?」
「んーん。」彼は首を振った。
「それは“選択”。誰かを守りたいと思う気持ちが、世界を歪めただけや。」
“もう一人の僕”は空を見上げた。
光が糸のように流れ、白い空間に道を描く。
まるで新しい時間が、縫い直されていくようだった。
「行きなよ。」
「どこへ?」
「“次の世界”へ。君がまだ生きている場所へ。」
「いむくんは?」
僕の問いに、彼は少し笑った。
「彼奴は時間の向こうにいる。君が思い出すたびに、きっと少しずつ戻ってくる。」
光が強くなる。
風が吹き、ノートが宙に舞う。
ページがひらめくたびに、世界が形を取り戻していく。
廊下、窓、風、街の匂い。
ひとつずつ、ゆっくりと現実が再構築されていく。
「さよなら。」
“もう一人の僕”の声が遠ざかる。
「君が“永遠の少年”でいられるように――」
光が弾け、少年は眩しさの中で目を閉じた。
次に目を開けた時、そこは朝の街だった。
雨上がりの匂いがして、鳥が鳴いている。
ポケットの中には、濡れていないペンダント。
そして、ノートの最後のページに、ひとつの新しい言葉。
「また会おう。別の時間で。」
少年は微笑んだ。
空には、初めて見る虹が架かっていた。
世界は再び動き始めた。
過去を抱えたまま――それでも、未来へ。
第4話 未来の街
朝の光がやわらかく差し込んでいた。
けれど、それは“見覚えのある”朝ではなかった。
街の輪郭は同じなのに、どこか違う。
建物の並びも、信号の音も、人々の服の色も――すべてが微妙にズレている。
僕は通りの真ん中で立ち止まった。
風が吹き抜ける。舗道のタイルに陽光が反射し、まるで過去の欠片のように眩しい。
人々は笑い、子どもが走り、店の看板が輝く。
それなのに、胸の奥がざわめいた。
“この世界は、僕の知っている世界じゃない。”
ポケットの中でペンダントが微かに震えた。
取り出すと、中の小さな写真が光を反射した。
――いむくんの写真。
だが、その隣に写っている少年は、確かに自分なのに、顔が違う。
笑っているのに、知らない表情だった。
「……これは、未来の僕?」
呟いた声が風に溶ける。
そのとき、背後から声がした。
「それ、懐かしいね。」
振り返ると、一人の少年が立っていた。
年齢は自分と同じくらい。
派手なのに淡いピンク髪に、バチバチのピアス。
笑顔は柔らかく、どこかで見たことがあるような、けれど思い出せない。
「君……誰?」
「俺はねないこ。」
いむくんではない。その響きに、僕は一瞬だけ安心して、同時に胸が締めつけられた。
「その写真、古いね。……100年前の街のもんだよ。」
「……100年?」
思わず声が裏返った。
「この街、そんなに――?」
その少年は静かに頷いた。
「ここは“再生都市(リメリア)”。時間が一度崩れたあとに再構築された世界。昔の記録は全部、時間の断片として保存されてるの。」
少年は息を呑んだ。
つまり、この街は“自分が作り直した世界”なのか。
でも、誰もそれを知らない。
この世界では、自分もただの通行人にすぎない。
「……僕は、この街にいたことがある気がする。」
「そう感じる人は多いよ。」とその少年は言った。
「時間の再構築のときに、“記憶の残響”が少しだけ混ざったらしいよ。知らないのに懐かしい。初めてなのに涙が出る。そういう場所があるんだって。」
少年は空を見上げた。
雲の流れが遅い。
時間が、ほんの少しだけ違うリズムで流れている気がした。
「、君は……この世界が“本物”だと思う?」
少年は少しだけ考えてから言った。
「本物かどうかは、覚えてるかどうかで決まるんじゃない?」
「覚えてる?」
「そう。だって――記憶がなければ、どんな世界も幻みたいなもんでしょ?」
その言葉に、少年の胸が熱くなった。
いむくんの声が、遠くで重なる。
『“永遠”ってね、誰かを忘れないってことなの。』
少年はペンダントを握った。
「……僕は、探さなきゃいけない人がいる。」
「もしかして、“いむ”?」
その名前を口にした瞬間、その少年の表情が変わった。
どこか悲しそうで、それでいて懐かしそうな笑み。
「いむ……知ってるの?」
少年はゆっくりと頷いた。
「…この街の中心――“時の塔”に行くといい。そこに、すべての記憶の始まりがある。」
「記憶の始まり……?」
「そう。過去を思い出すことは、未来を動かすことだから。しょうちゃんならできるって信じてるよ。」
風が吹き抜け、髪が揺れた。
リナの姿が光に溶けるように薄れていく。
「しょうちゃん、?…」
振り返ったときには、もう少年はいなかった。
代わりに、風の中で……ないちゃんの声だけが残る。
“未来の街”ではあの子のことないちゃんって呼んでる気がしてしょうちゃんって呼ばれてる気がして違和感があるけど無いみたいな不思議な感覚に包まれた気がした。
街の時計台が時を打った。
12時を告げる鐘の音が、世界の奥まで響く。
その音と同時に、ペンダントが強く光り出した。
――いむくんの声が聞こえる。
「待ってるよ。最後の約束、覚えてる?」
少年は目を閉じた。
そして、再び歩き出す。
“時の塔”へ。
まだ見ぬ未来と、失われた過去が交わる場所へ。
午後の陽光は、いつもより長く街を照らしていた。
僕は、ないちゃんの言葉を頼りに“時の塔”を目指して歩いていた。
それは街のどこからでも見える白い塔。
しかし、不思議なことに、近づこうとすればするほど、塔は遠ざかっていく。
まるで、僕を試しているかのように。
道端の店では、人々が笑っていた。
子どもが風船を持ち、パン屋の香りが漂う。
だけど――誰も影を落としていなかった。
太陽の光が強すぎるのではない。
“この世界には、影という概念が存在していない”のだ。
僕は思わず立ち止まる。
影がない街。
それは、時間が正しく流れていない証拠だった。
風が吹くたびに、街の景色がほんのわずかにノイズのように歪む。
看板の文字が揺らぎ、聞こえる言葉が重なって、少しずつ意味を失っていく。
「……やっぱり、この世界は完全じゃない。」
僕は呟き、歩みを進めた。
やがて街を抜け、小さな川に出た。
水面に映る空は、現実よりも青く澄んでいる。
橋の中央で立ち止まると、水の中に“もうひとりの自分”が映った。
「また会ったね。」
声がした。
見下ろした水面の中の“僕”が、静かに笑っている。
「お前は……もう消えたはずじゃ。」
「僕は消えへんで。君がまだ“迷ってる”から。」
僕は眉をひそめた。
「迷ってる?」
「そう。君はまだ、どの時間を生きたいのか決めてへん。」
「どの時間……?」
“水の中の僕”は指を鳴らした。
世界が一瞬にして切り替わる。
目の前の街が、かつての姿に戻っていた。
壊れる前の世界。
いむくんが生きていた頃の街。
「ここは……」
「君が失くした時間やで。」
通りの角から、いむくんが現れた。
風に髪をなびかせて、いつものように笑っていた。
その姿は完璧に、鮮やかで、現実よりも現実的だった。
「……いむくん!」
思わず駆け寄ろうとする。
だが、水の中の“僕”がその腕を掴んだ。
「行くな。」
「なんでやッ!」
「それは過去やから。触れた瞬間、君はこの世界から消える。」
少年は息を呑んだ。
目の前でいむくんがこちらに手を振る。
その笑顔は、あの日と同じ。
もう二度と見られないと思っていた微笑みだった。
「僕は……どうすればいい。」
水の中の“僕”は、少しだけ目を伏せた。
「いむくんを思い出すことは、同時にいむくんを“失う”ことでもある。」
「思い出したら、彼奴はいなくなる……?」
「そう。いむくんは君の“記憶”の中に生きているから。」
少年の胸が痛んだ。
いむくんの姿が少しずつ透けていく。
川の流れが速くなり、水の中の景色が崩れ始めた。
「……また、失うん?」
「いいや。」水の中の“僕”が言った。
「君が進めば、いむくんは“記憶”から“存在”に変わる。」
「存在……?」
「そう。いむくんを“思い出す”んじゃなく、“今の時間に連れてくる”。」
世界が再び揺らぐ。
川の水が光に変わり、橋が崩れ、僕は光の中に包まれた。
気づけば、塔の麓に立っていた。
白い石畳。
見上げると、塔の最上階が雲に消えている。
塔の扉には、古びた文字が刻まれていた。
「時間は君の心の形を映す」
扉に手をかけると、ペンダントが震えた。
中の写真が光を放ち、いむくんの声が響く。
「覚えてる? 最初に出会った日の空の色。」
僕は静かに微笑んだ。
「……あぁ。忘れてないよ。」
その瞬間、塔の扉がゆっくりと開いた。
中から吹き出した風が、街の空へと流れ、
世界のどこかで止まっていた時計が――再び動き始めた。
途中ででてくる”彼奴”とは”いむくん”のことです!!
彼奴=いむくん
これが正解です!