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1.田辺翔太の“世界”
田辺翔太は、デリカシーという概念が彼の辞書には存在しない人間だった。
●市の県立高校に通う彼は、リアルでもデジタルでも、自らを「面白い奴」と信じて疑わなかった。彼の面白さとは、他人の弱点、コンプレックス、不器用さ、失敗を、徹底的に、容赦なく、そして声高にあざ笑うことだった。
「おい、あの美術部のアブラギッシュ、また変なTシャツ着てるぜ!マジでセンスマイナスだろ。あんなもん、燃えるゴミ行きだっつーの!」
休み時間、彼の悪友たちは、翔太の露悪的なジョークに最初は引きつった笑いを浮かべた。しかし、翔太の笑い方は常に集中砲火のようだった。相手がへこむほど、怒るほど、彼の快感は増した。そのうち、悪友たちも「面白い」というより「関わると面倒くさい」という感情に変わりつつあったが、今はまだ彼の周りにいた。
彼の主戦場は、匿名性を隠れ蓑にしたSNSの裏アカウントだった。そこでは、彼はさらに凶悪だった。学校の教師、同級生、地域の顔見知り。彼らのちょっとしたミスや、個人的な悩みまでをネタにし、嘲笑と侮辱の言葉を浴びせていた。
翔太の裏アカ投稿
「今日の体育教師のズボン、マジで腹の肉がのっててハムみたいだった。体育ってより肉体改造失敗展だろwww」
「あの委員長、マジで偽善者の塊すぎて吐きそう。あいつの顔面、消しゴムで修正してやりたいわ」
彼は、自分が「正義の笑い」を振りまいていると錯覚していた。誰もが陰で思っていることを、自分が言ってやっていると。
2.うっかりこぼれた言葉と、広がる炎の種
その週末、翔太は実家で家族と夕食をとっていた。テーブルには、母の作った得意料理が並んでいたが、彼の頭の中は、次の「面白ネタ」でいっぱいだった。
父:「そういえば、お前の学校でいじめの注意喚起があったらしいな。SNSでの悪口は絶対ダメだぞ。」
翔太は鼻で笑った。
翔太:「父さん、そんなの時代遅れだよ。あれは『いじめ』じゃなくて、『ユーモア』。それにさ、バカにされる側にも問題があるんだって。デブとかキモい奴とか、ああいうのはさ、笑われて当然なんだよ。あれを真面目に受け止める奴がアホなんだ。」
母:「翔太!何を言ってるの。そんなこと…」
翔太:「だってさ、学校にいるんだよ。マジで生きたまま土に埋めてやりたいくらいムカつく奴が。自分の悪口書かれて、ブチギレて泣いてる奴とかマジで雑魚すぎ。俺ならもっと面白い言い方でやり返すけどね。」
父と母は顔を見合わせた。翔太の言葉には、いつものデリカシーの無さだけでなく、冷酷さが宿っていた。
その頃、●市の学習室から始まった静かな告発の準備は、次の段階に移っていた。彼らの手によって、翔太の裏アカの過去ログ、被害者リスト、そして筆談で練り上げられた「告発文」は、夜の間に公的なネットワークと地域情報WEB掲示板へとアップロードされ、最初の拡散を始めた。
火は、まず彼の地元、岐阜県●市から燃え上がった。