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「と、届かない…」


私が必死に背を伸ばしながら給湯室でハーブティーを取ろうと棚の上に手を伸ばしていると、突然背後から手が伸びた。


「これか?」


社長がひょいと手を伸ばし、私が先ほどから苦戦して取ろうとしていたハーブティーの箱をいとも簡単に取った。


「何だそれ?」


「カモミールティーです。社長先ほどからずっとコーヒーばかり飲んでいらっしゃるので、たまには胃を休めてハーブティーを飲んだらどうかと思っ……て……」


社長はとんっと両手をシンクの縁について、私を彼とシンクの間に囲った。


「……今日俺の家に来る?」


彼は無駄にフェロモンを放ちながら私に囁いた。社長は体温が伝わってきそうなほど近くて、なんの香水なのか知らないけど、なんだかいい匂いもしていてだんだんと体から力が抜けてくる。


社長は私と付き合うことにしてから、暇さえあれば私を見つけて誘惑してくる。彼の場合ただそこに立っているだけで抗えない色気があるのに、こうして本気でこられると彼が淫魔か何かに見えて体が全く彼を拒めなくなる。


「……今日はちょっと用事があって……」


「じゃあ、明日は?」


社長は私の唇を指でなぞると、甘えるように耳に囁いた。先ほどから私の心臓は、音がはっきりと聞こえるくらいドキドキしている。


こうして家に誘っているということは、彼に抱かれるのかも……。


そんな事を思った瞬間、キスされた時の唇や首筋を撫でる彼の指の感触を思い出す。それと同時に以前ベッドで一緒に眠った時の逞しい彼の上半身を思い出し、思わず赤面してしまう。私はざっと今持っている下着を思い浮かべた。


── ダメだ。やっぱり今日会社帰りちゃんとしたのを買ってこよう。あと可愛い洋服とパジャマも欲しいかも……


コツコツと足音が聞こえてきて、私は慌てて社長を押し退けて距離を取った。


「おい、颯人、ここにいるのか?」


八神さんはひょいと給湯室に顔を覗かせると、私と社長が慌てて離れるのを見て呆れたような顔をした。


「颯人、人の仕事の邪魔をする時間があるなら、早くさっきの案件にサインしろ」


そういうと彼は給湯室から去って行った。社長はそんな八神さんを見ながら「あいつは俺の母親か」と呟くと、


「明日家に来いよ。迎えに行くから」


そう言って私の頬にキスを落とすと八神さんの後を追った。




── どうしてあんなに甘いの?社長って付き合うとああなるの?


その日の夕方、私は火照る頬を両手で押さえながら足早に駅へ向かって歩いた。帰りも車で送ると言ってくれたが、あの勢いだと車に乗ったが最後おそらく自分の家には帰れない。そんな事を考えながら歩いていると突然誰かに名前を呼ばれた。


「蒼」


何気なしに振り向いた私は、そこに立つ人物を見て体の芯まで凍りついた。


「朝比奈さん……」


「蒼、ずっと君を探してたんだよ。突然引っ越していなくなって……。俺がどんなに君を探し回ったか……」


朝比奈さんはそう言いながら、私との距離をどんどん詰めてくる。彼が私を探し回っていたと聞いて、思わずゾッと鳥肌が立つ。


「この前君がここで働いているって噂を聞いて、それで来たんだ」


一体どこからそんな噂を……と思った瞬間、社長と一緒に出席したレセプションパーティーの事を思い出した。あの後黒木部長と一条専務がどうなったか知らないが、あの日私は社長に連れられ多くの企業の人たちと顔を合わせた。おそらくそこで会った誰かから、私と社長の事を聞いたに違いない。


「蒼、聞いてくれ。俺あの後離婚したんだ。だからもう一度蒼とやり直したい。やっぱり君の事が忘れられないんだ」


「申し訳ありませんが私にはその気はありません」


私はそう言うと、急いで踵を返し早歩きで駅の方へ向かって歩き出した。


「蒼、待ってくれ!」


朝比奈さんは私の前に回り込んで行く手を塞いだ。


「とにかく俺の話を聞いて欲しい。確かに俺がちゃんとしなかった所があって悪かったと思ってる。でも俺の言い分も聞いて欲しい。とにかく話を聞いてくれるだけでもいいんだ」


そう言うと朝比奈さんはいきなり私の腕を掴んだ。


「やっ、やだ……!」


いきなり腕を掴まれたことで、急に身の危険を感じ私は必死に腕を振り払った。


「これ以上朝比奈さんと話す事はありません!」


そう叫ぶと、駅ではなくすぐ後ろに見える会社のあるビルへと走って戻った。




── どうしよう……。


このビルで働いている社員達が帰宅する中、途方にくれながらロビーから外を眺めた。流石にセキュリティーがあるビルの中まで入ってこないが、朝比奈さんが少し離れた所からうろうろと私が出てくるのを待っているのが見える。


── もう、どうして今頃こんな事になるの!?


朝比奈さんとは一年近くも接触がなかった為、彼がすっかり私の事を諦めたか忘れたのだと思い込んでいた。まさか今更このような事態になるとは思いもしなかった。


朝比奈さんは私が仕事を辞めた後、謝罪したいと何度も私の前に現れるようになった為、一度警察に相談した事がある。


ただ実害があるわけでも脅されているわけでもない。結局なんの解決策にもならず、佳奈さんに相談してみたところ引越した方がいいと、今の大家さんは彼女が紹介してくれた。あの時は前の大家さん、佳奈さんに沢山迷惑をかけてしまい今でも頭が上がらない。


これでまた彼が社長や会社に迷惑をかけるような事になるのではないかと思うと、頭が痛いのと同時に途方に暮れてしまう。一体これからどうすればいいのか……。この調子だと朝比奈さんが私のアパートを突き止めるのは時間の問題だろう。


私はビルの外を未だうろついている朝比奈さんを見てため息をついた。これではいつまでたっても帰れない。仕方がないと思った私は非常階段へ続く扉を開けた。




地下には駐車場があって、出口がビルの西側の方にあり、南を向いている正面玄関からは死角になっている。上手く行けばそこから出れるのではと思い、私は階段を降り駐車場に出る重いドアを少し開けた。


金曜日の夜という事もあり、地下駐車場は車も少なくがらんとしていて、しかも薄暗く薄気味悪い。朝比奈さんの事ですっかり臆病になっている私は、ドアの隙間から恐る恐る駐車場を眺めた。すると突然背後に人の気配がした。



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