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「こんな所で何してるんだ?」
いきなり社長が背後に現れ、私は飛び上がって小さな悲鳴をあげた。
「社長、驚かさないでください!」
私はばくばくする心臓を抑え、ドアに寄りかかると何とか落ち着こうと深呼吸した。
「何やってるんだ、こんな所で。とっくに帰ったと思ってたけど」
私は社長をちらりと見た。彼には黒木部長との事で既に多大な迷惑をかけている。朝比奈さんの事で迷惑なんて絶対にかけられない。
「えっと、今日はこっちから帰ってみようかなと思って……」
社長に作り笑いをして、見苦しい言い訳をした。
「……何かあったのか?」
勘がいいのか私の事を普段からよく見ているのか、社長はいつも私が何を考えていて何を感じているのかよくわかっている。私が黙ったままでいると社長は腕を組んで私を見下ろした。
「正面玄関に誰かいるのか?」
勘があまりにもいい彼に思わず冷や汗が出る。
「……だ、誰もいません。やっぱり正面玄関から帰ります」
そう言って社長の横を通り過ぎようとすると、いきなり腕を掴まれた。
「誰がいるんだ……?もしかして朝比奈とかいう奴か?」
「えっ……な、なんで知ってるの!?」
私は驚いて社長を見た。
「悪いが蒼の事を調べたんだ。前の会社でどういう扱いを受けてたのかとかね。ほら、送ってくから行くぞ」
社長はそういうと駐車場に続くドアを開けた。
「今までもこういう事があったのか?」
社長は私を車の方へ導きながら、朝比奈さんの事を尋ねた。
「前の会社を辞めてから初めてです。噂を聞いて来たって言ってたから、もしかするとあのレセプションパーティーで会った誰かから聞いたのかも。本当にごめんなさい」
私は項垂れて社長に謝った。どうしていつも自分にはこのような問題が付きまとうのかと思うと、情けなくて涙が出そうになる。これではいつ彼に愛想をつかれても仕方ない。
「蒼のせいじゃないだろう。いいから早く乗れ」
そう言うと、彼は気落ちしている私を安心させるかの様に、そっと肩を抱き寄せてから車に乗せた。
車の中で何事もなかったかのように仕事の話をしていた社長は、アパートに着くといつもと違ってゲストパーキングに車を入れた。彼がいつもの様に車を道路脇に停めて私を降ろさないので、少し困惑して眉根に皺を寄せた。
「あの、どうして車をここに……?」
「手伝うから荷物を全部まとめるんだ。今日から俺の家で暮らせばいい」
「えっ……って、どうして?」
「ストーカーされてる恋人をこんな所に一人で暮らさせるわけないだろ」
彼が前からこのアパートの事を心配していたのは一目瞭然で、なかなか反論できない。
「でもこれ以上社長に迷惑をかけるわけには……」
「いいんだ。どうせ一緒に暮らそうと思ってたところだから」
「えっ、でも……私達付き合うと言ってからまだ2日ですけど……」
「どうせ一緒に暮らそうと思ってたんだから、今一緒に暮らすのも後で暮らすのも一緒だろ」
「……でも……」
私が言い淀んでいると社長はぼそっと呟いた。
「……いいんだ。どうせ時間もないし」
「えっ……?」
彼の言った言葉の意味がよく分からず、聞き間違えをしたかと思っていると、
「ほら、いいから行くぞ」
と言って社長は車から降りた。私も慌てて降りて彼に追いつくと、アパートの一階にある自分の部屋のドアまで来て鍵を開けた。
狭い玄関に社長と一緒に入ると、暗い部屋のスイッチをつける。部屋に明かりが付き、私のささやかな部屋が浮かび上がった。
「へー、これが蒼の住んでる部屋か」
社長は部屋に上がると、あたりを物珍しそうに見回した。元々大きな部屋ではないが、大柄な彼が中に入るといつもより余計狭い部屋に見えてしまう。
「特に何もない部屋ですけど、どうぞゆっくりしてください。社長のマンションみたいには広くないですけど」
社長をリビング兼ダイニングルームに通すと、荷物をラックにかけた。
「あの、お腹すいてますよね……?作り置きなんですけどご飯があるので今温めますね」
そう言うと私はキッチンに入って冷凍庫の中を見た。いつも週末にまとめて料理をして小分けにして冷凍してある。私がそのいくつかを取り出して電子レンジに入れていると、社長がリビングの棚に飾ってある写真を興味津々で見ているのが見えた。
「これ蒼の家族?」
彼はクリスマスにニューヨークのロックフェラーセンターの前でとった家族写真を指差した。
「はい。もう5年くらい前のものですけど」
「へー、お兄さんがいるのか……。蒼のお父さんは日本人なのか?」
社長は私よりもっと日本人離れした顔の父をまじまじと見た。父はハーフなので私よりもっと外国人に見える。
「父と母は日本人ですけど、父方の祖父がアメリカ人なんです。写真見ますか?」
私は社長の隣に行くと、棚の中にしまってあった小さなアルバムを取り出した。そこには祖母から貰った家族の大切な古い写真が入っている。
「これが祖父と祖母の写真です。祖父は昔から日本が大好きで、よく日本中を旅してたらしいんですけど、その時偶然祖母と知り合ったんです。なんでも祖父は祖母に一目惚れしたそうで……。でも結婚する時、祖母の家族の大反対にあったんです。それでもめげずに一生懸命家族を説得して、二人で努力して支え合って……。祖父は今ではすっかり家族の人気者なんです」
そう言って二人が着物で結婚式をした時の写真を見せた。古い色あせた写真だが、ハンサムな祖父が凛々しくカッコよくポーズを決めて写真に写っている。
祖母も当時はとても長い黒髪をした日本美人でこうして見るととてもお似合いの夫婦だ。社長はそれを何か懐かしい物でも見つけたように微笑みながら見ると、私をちらりと見た。
「蒼はおじいちゃん似なんだな。目のあたりがよく似てる」
そう言って社長は次々とアルバムをめくり、古い家族写真を楽しそうに見ている。そこに写っているのは、家族でキャンプや旅行に行った時や、誕生日パーティーなど家族での楽しい思い出ばかりだ。