ティナを無事に迎え入れることに成功したアメリカ政府は、直ぐに対策会議を開いた。
「ニューヨークでの大活躍は感謝しかないが、同時に厄介なことになったな」
「各メディアが挙って特番を組んでいますし、インターネット上ではまるでお祭り騒ぎですよ。今日中に全世界の人々が知ることになるでしょう。もはや制御することは不可能です」
ハリソン大統領の言葉に報道関係の担当者が頭を抱えながら報告する。ニューヨークでの事件はマンハッタンの奇跡とまで呼ばれ、突如現れたティナの存在は様々な憶測を呼びながらも全世界を巻き込んだ大騒ぎに発展していた。
「一部では我が国の生物兵器ではとの憶測まで飛び交う始末です。明日記者会見を開くことを公表しましたので、少しは事態も沈静化するとは思いますが……」
「問題はティナ嬢の見た目だよ。これがSFに出てくるような、明らかな宇宙人ならまだ良かったのだが」
「見た目が神話の天使そのものですからね……宗教界も大騒ぎですよ。バチカンを初めとした主流派層は沈黙を保っておりますが……」
「一部の過激派については、監視を強化して対応します。何を仕出かすか分かりませんからな」
懸念に答えたのはFBI長官である。ティナの問題点は、見た目からして宗教的にも無視できないものがあった。
「我々の創造主がアード人である可能性は?」
「現時点では何とも言えません。ただ、国民の支持を得られているのは幸いでした」
アメリカに限らず世界にはフランケンシュタイン・コンプレックスと呼ばれる思想が根強く存在する。物凄く大雑把に言えば、異物に対する恐怖や拒否感である。
SF作品などで題材として取り上げられることも多い。
「この騒ぎを受けて各国からの問い合わせが殺到しております。大人しいのは日本だけですな」
「あの国は寛容的だからな……」
日本人に根強く存在する八百万思想、なによりアニメなどの文化は異物に対して極めて寛容な反応を示した。
いやむしろネット上ではお祭り騒ぎなのだが。
「大統領閣下、各国への対応はどうすれば?」
外務官僚の言葉にハリソンは疲れた表情で答える。
「明日の記者会見までは黙秘するしかあるまい。ただ、生物兵器云々については……いや、下手に否定すれば騒ぎが大きくなるだけか」
「明日までは静観する他ありますまい。各国大使には明日発表すると伝えます」
「友好国ならばそれで済むが……一部は?」
「我々がティナ嬢を保護したことは明白ですからな、即時引き渡しを要求する国まであります。何処とは明言を避けますが」
「そんな真似が出来る筈もないだろう。地球を滅ぼすつもりか?宇宙からの客人が来ると伝えている筈だが」
「アメリカだけが恩恵を受けていると非難する国までありましたよ」
「ニューヨークの件は我々だって驚いているのだがな。むしろ彼女のファンになってしまったよ」
「全くですな」
ハリソンの言葉に皆が苦笑いを浮かべる。ティナの活躍によりアメリカ国民は好意的になりそうだが、外交面では面倒なことになりつつあった。
「……あー……ケラー室長、君の意見を聞きたいのだが……」
ハリソンは困ったような表情を浮かべつつ、遠慮しながら沈黙していたジョンに問い掛けた。
と、同時に会議に参加している者達が敢えて見て見ぬふりをしていた人物へ遠慮がちに視線を向ける。
そこにはまるでボディービルダーやプロレスラーのような逞しすぎる筋肉を持つ“スキンヘッドの”男性が座っていた。上着は裂けてしまいタンクトップ一枚のみ。その表情は非常に哀愁を漂わせている。
「ティナの話では、アードが宇宙進出を始めたのは数百年前の話だそうです。あの見た目も偶然の一致であると考えて問題はないでしょうな」
「そうか……その、大丈夫かね?ティナ嬢からの差し入れを口にした結果だと聞いたが……」
「医療班からの簡単な検査を受けましたが、肉体的には健康そのものであります。一部の機能が若返っており、むしろ活力が漲りますな。ただ、私の頭髪についてはサバンナからサハラにジョブチェンジを果たしてしまいましたが」
ティナから渡された栄養ドリンクは、ジョンの体力を回復どころか肉体を活発的かつ強靭にしてしまった。
問題は絶滅危惧種だった頭部の毛根を絶滅させてしまったことであるが。
「うっ、うむ。ティナ嬢は今何を?」
「用意した部屋で休んでいます。ただ、あの翼がある以上椅子や寝具も工夫せねばなりますまい。現在対策を協議中です」
「宜しく頼む。彼女の献身的な行動は称賛されるものであり、抱えている問題は我々が対処すれば良い。彼女には出来る限り穏やかに過ごして貰えるようにせねばな」
「この後は会食を予定しておりますが、星が違えば食べ物も当然違います。我々は良くてもアード人には毒になる成分があっても不思議ではありません」
「ふむ、その対処については?」
「残念ながら、その場でティナと一緒に確認するしかないでしょう。幸い迎えに行かせた妹とは友好的な関係を築けている様子ですから、今後も同行させたいのですが」
「うむ、メリル=ケラー女史を一時的に国防省から異星人対策室へ派遣することにしよう。構わないかな?」
「構いません」
「宜しい。では会食の後の会談に備えるとしようか。土産の準備は?」
「滞りなく。またティナからも手土産があるのだとか」
「ほう、それは楽しみだ。どんな品か分からないな。それに、我々が用意した品に興味を示してくれると良いのだが」
「こればかりは、分かりませんからな」
会議は夕食前まで続き、関係各所との調整が行われていた。ワシントンD.C.はかつて無いほどの警戒体制が敷かれ、ホワイトハウスの警備は普段と比べ物にならないほど強化されていた。
地球側が緊張感を持ち細心の注意を払いつつティナへの対応を準備している間、当事者であるティナはニューヨークでの大立ち回りや大物を相手にした緊張により用意された部屋で爆睡していた。
……ある意味彼女が一番の大物かもしれない。
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