花崎望と中山静香の死体を燃やしてから一週間が経った。
紅上は相変わらず大学ではえらく静かで陰気な感じだ。帰りの車はかなりの興奮状態だったんだなと今になって察する。でも俺もかなり限界だったからもう少し冷静になってほしかった。
結局あの死体はどうなったんだろうか。俺の記憶は黒焦げで終わっているが、前に紅上が言っていたようにホルマリン漬けになって地下室に置いてあるのだろうか。俺としては見たくないので紅上の家の地下室には絶対に近付かないことに決めた。
あと、ここ一週間、紅上は誰も殺していないらしい。大学で残りの十人を見かけたので、多分そうだ。焼いて満足したのだろうか。まだ十人も残っているのに?
色々と不明な点も多いしこれからどうするかとかも訊きたいのだが、残念ながら大学で紅上と話す機会はなかなかない。というか、車で片づけを手伝わなかったこととかをぐちぐち言われたのでちょっと気まずいのだ。
今日はちょっと上等な酒でも買おう、と俺は心に決めた。
*
ピンポン、とチャイムを鳴らす。相変わらずこの家は馬鹿みたいにでかい。暫くしてインターホンから『……はい』と返事が返って来た。
「あ、紅上? 俺だけど」
『誰だよ』
「俺だよ、俺俺」
『んなオレオレ詐欺みたいに言われても』
「俺ですー。というか、俺以外にこの家来る奴いる?」
『いる』
「いんの!?」
『失礼だな。で?』
「東本幸十くんですよー、開けてくださーーい」
『最初っからそう言え』
ガチャン、と鍵が開く音がして、『開けたから入って来い』とインターホン越しに聞こえた。この家はわざわざ玄関まで行かなくても鍵を開けれるようになっている。金持ちパワーは凄い。
それじゃあ、と遠慮なくお邪魔する。ドアを潜って閉めれば、ガチャンと自動で鍵がかかった。オートロック式とかホテルかよ、とちょっと思う。
「お邪魔しまーす」
「……何で来た」
ずかずかと入り込み、紅上がいるであろうリビングに行けば、しかめっ面をした紅上がソファに座っていた。あのソファも座り心地良いんだよな。というかここの家具は全部高級な奴だから皆質が良い。羨ましい。
ソファの前にあるデカいテレビには何か分からない映画が流れていた。キャストが全員外人だから多分洋画だ。洋画とか、金ローでやってたバックトゥザフューチャーしか見たことない。あとホームアローン。
「なあ、コレ何の映画?」
「『ニュー・シネマ・パラダイス』」
「なにそれ」
「気になるんだったら後でDVDショップで借りて来い。火事のシーンがあるからな、傑作だぞ」
「燃えたら何でも良いのかよお前」
「は? 俺が好きなのは焼死体であって、別に燃えた奴なら何でも好きな訳じゃないし、犬や猫の動物はまだしも建物や植物が燃えたってただのゴミになるだけだろ。焼死体のあの焼けて爛れた姿こそが完全美であって炭化した建造物は――――」
「うわめんどくさ」
焼死体と建物の焼け跡の違いを長ったらしく話す紅上を置いて、ソファの傍にあるテーブルにビールとコンビニで買ったつまみの焼き鳥を出す。ビールはプレミアムの良い奴で、贅沢に四本も買った。
「……って、ちょっと待て。なんだそれ」
「え、プレミアムビールと焼き鳥だけど」
「それは見ればわかる。東本、お前まさかここで酒盛りする気か?」
「ん? おう」
「はあ!? ふざけんな! 本当に何しに来たんだよお前!?」
「お前と話しに?」
「じゃあ何で酒なんか持ち込んでんだよ」
「やっぱ酒ってうまいよなって」
「理由になってねえ……」
実際の理由はこうでもしないと紅上の家に行く口実が出来ないからであるが、こいつに言う義理はない。というか、普通に先週の事が気まずいし、酒の力を借りなきゃ紅上とちゃんと話せなさそうだったのだ。
早速プルタブを持ち上げて、そのまま口を付ける。プレミアムビールは久々で、やっぱり美味い。本当にここで飲み会を開くらしいと察した紅上も渋々といった様子で缶に口を付けた。
「……まあまあだな」
「は!? プレミアムおビール様だぞ!? 美味いだろ」
「なんだよプレミアムおビール様って。家で出された奴の方が美味かった」
「金持ちの家のビールにはプレミアムおビール様でも勝てねえってことかー」
「そのプレミアムおビール様って何なんだよ」
「美味いだろプレミアムおビール様」
「会話のキャッチボールが出来てるようで出来てねえんだなぁ……」
はあ、とため息をついて出された焼き鳥もちゃっかり食べる紅上。こいつ意外と図太いな。
「……焼き鳥もまあまあ」
「お前の舌肥えすぎだろ!」
俺の最強の酒盛りタッグなのに紅上の評価は『まあまあ』だった。畜生。
俺も焼き鳥に手を付ける。肉を串から外して咀嚼すれば、肉汁があふれた。やっぱめっちゃ美味い。これがまあまあとか、紅上の舌イカレてんだろ。
そして、そろそろ本題に入りたい。このままだとだらだら酒盛りして終わりそうだ。ビールで口の中を湿らせて、俺は口を開いた。
「んでさ、次は誰殺すの?」
「あ? ……つかお前、結局殺んのかよ」
じろり、と俺を見る紅上。殺してほしいって言ったくせにこの前は日和りやがって、と目が言っている。俺は慌てて弁明した。
「いやだってまた殺されそうになっても嫌だし。やるしかないだろ」
「一週間は元カノの死体燃やして吐きそうになってたのに?」
「不可抗力だろ、匂いヤバかったし。あれはガチでキツイ。死体何処にあんの?」
「地下室。いるか?」
「ぜってえ要らねえ……!」
置く場所ねえし。俺の家はここと違って一人暮らし用のアパートなのだ。そしてやはり死体は地下室にあるのか。もう絶対地下室には行かない。
と、紅上がおもむろに席を立った。何処行くんだよと訊けば、リスト取ってくると行ってしまった。そういえば確かに紅上が金持ちパワーで調べ上げた身元特定リストがあったな。誰を殺すのか見せてくれるらしい。
戻ってくるまで暇なので、もぐもぐと焼き鳥を食べる。これがまあまあってやっぱ紅上金持ちだな、と思いつつ味わって食べれば、残り数本の焼き鳥は全て俺の腹に収まった。
戻ってきた紅上は空になった皿を見て盛大に顔を顰め、げしっ、と俺を蹴った。
「いって! お前まあまあって言ったじゃん!」
「食わねえとは言ってねえだろ俺まだ一本しか食ってねえのに!」
「こういうのは速いもん勝ちなんだよ!」
「せめて残せよお前気遣いってのはねえのか!」
「不評だったら要らないのかなって思うだろ!」
くそ、と言って、今度は財布を取り出す紅上。テーブルの上に千円札を置いた。
「おい、こっから三百メートル先にコンビニがある。買ってこい」
「俺お前の小間使いじゃねーんだけど!?」
「お前が全部食ったのが悪い」
「この焼き鳥は俺の金で買った俺のモノでーす」
「とにかく買ってこい殺すぞ」
「お前のそれ冗談に聞こえねえんだけど!?」
殺人犯の殺すぞはガチで怖い。俺は渋々千円札を持って紅上の家を出た。
*
スマホのマップで近くのコンビニを検索して、だいぶご機嫌斜めだったから焼き鳥と大学芋を買っていく。大学芋の大学ってどっから来てんだろうな。
そうしてまた紅上の家に戻ってインターホンを押すと、先程とは打って変わって焦ったような声が聞こえた。
『誰だ!?』
「うわびっくりした。買ってきたから開けて」
『あ!? 東本か!? ちょっと待て――――』
『アレ、漣お友達?』
『っだぁ! 黙ってろ!』
ブチ、と接続が切れた。
……え?
今、確実に紅上以外の声が聞こえた。しかも漣、と下の名前呼び。多分男。
……?
………………????
……え、あいつ友達いたのか……?
と、ちょっと失礼な感想を抱いた時、ガチャンと鍵が開いた。
大丈夫だろうか、と思ったが、まあ鍵開いたんなら入っていいってことだよな、ということにして遠慮なくお邪魔した。
廊下を進みリビングに入るとそこには――――。
「やっっめろ、引っ付くな!」
「ええ~、でも久しぶりに会えたんだからさあ~!」
紅上に引っ付く爽やかイケメンと、必死に退かせようと抵抗する紅上の姿があった。
……………………これは……。
「……友達かと思ったけど、紅上まさかそっち系の……?」
「ちげえ!!!!!」
「あは、漣のお友達面白いね~」
すごい勢いで否定された。
はあ、とため息を吐いた後、紅上は男をひっぺはがした。「こいつは、」と口を開く。
「……俺の兄貴だ」
「……え?」
「どうも、漣の兄の紅上漣斗です」
「……え」
………………。
……………………え?
「はあああ!? 紅上おまっ、兄貴居たの!?」
「悪いか」
「いや、めっちゃ意外」
「なんでだ」
いつものあの横暴な雰囲気からして親にでろでろに溺愛されて育った一人っ子かと思いきや、まさかの末っ子だった。
改めて紅上の兄貴……漣斗さんを見る。紅上と違って人付き合いのよさそうの雰囲気のせいで気づけなかったが、確かに紅上と顔つきが似ている。というか、そっくりだ。紅上とお揃いのサラサラ黒髪は短く切りそろえていて、釣り目気味の目は冷たさを伴う紅上と違い優しさを湛えている。うん、そっくりだけど兄弟とは思えない違いだ。
はえ~とフリーズする俺を見かねて、紅上が俺を紹介してくれた。
「あー、こいつは俺の……大学の同じ学部の東本幸十だ」
「え、あ、東本です」
「わあ、東本くんかあ。漣もようやくお友達できたんだね、よかったよかった」
とても嬉しいという顔をして紅上の頭を撫でまわす漣斗さん。いちいち距離が近い。紅上は鬱陶しそうに漣斗さんの腕を払いのけた。
そして紅上は友達とは一言も言っていないのに漣斗さんの中ではもう俺は紅上の友達らしい。まあ、紅上の関係性は俺としても謎なので、友達としておく方がいいのかもしれない。
「そういや、買ってきたか?」
「あ、おう」
はい、とコンビニの袋を渡す。紅上は袋をごそごそと物色し始めた。漣斗さんも袋の中を覗き込む。
「……なんか増えてんな」
「大学芋。美味そうだろ」
「ばあやがつくった大学芋が一番うまい」
「は? コンビニの大学芋舐めんなよマジでうまいから」
「お前はコンビニの大学芋の何を知ってるんだよ……」
「コンビニの大学芋美味しいよねえ」
ニコニコ笑顔でナチュラルに会話に入ってきた漣斗さん。というか、人が増えているのだったら普通にビールも追加で買ってくればよかった。勿論紅上の金で。
早速容器を開け、もぐもぐと焼き鳥と大学芋を頬張る紅上。漣斗さんも普通につまんでいたし、ちゃっかり最後の一本のビールも開けていた。図太さはそっくりである。
「美味しいねえこの焼き鳥」
「やっぱりばあやの作った大学芋が一番うまい」
「そのばあやって何者なん……?」
「ばあやはウチの使用人で一番古参の人だよ。ばあやお菓子の腕はプロ顔負けだったから」
漣斗さんが言うには、ばあやさんのお菓子で紅上家の子供は育ってきたらしい。俺も食ってみたいと零せば、今度持ってきてあげるよ、と言ってくれた。漣斗さんは気遣いも出来るとてもいい人だった。兄弟でこうも変わるのか。
紅上は焼き鳥を食べて満足したのか、リストを取り出した。
「んで、次殺す奴だが」
「おう……っておい!?」
「あ?」
どうした? と不思議そうに首を傾げる紅上。逆に何でそんな顔してるんだよ。俺は小声で紅上に叫んだ。
「いや、漣斗さんがいるのにこんなナチュラルに殺人計画立て始めちゃダメだろ!」
漣斗さんにこのことがばれたら俺も紅上も逮捕されるだろうし、弟が殺人犯で焼死体好きの変態なんて分かったらかなりショックなんじゃないだろうか。
少なくとも、漣斗さんのいるこの場で話す内容ではない。
「ああ、それなら問題ない」
「どこが!?」
焦る俺を余裕そうな顔で見つめる紅上。少しも隠す気がない堂々とした態度が心配になる。
「漣斗は――――」
すっと紅上は漣斗さんを引き寄せて、予想外の一言を放った。
「――――大のブラコンだからな」
「……………………は?」
……ブラコン???
思わず間抜け面を晒した俺に、クスクスと笑いながら漣斗さんが言った。
「ふふ、俺は漣の為なら何でも出来ちゃうからねえ。この家の地下室も死体の保存庫の為に俺が設計したし」
「……え、は? え、どういう……?」
混乱する俺に、紅上は理解できないのか、と呆れた顔をして面倒くさそうに説明した。
「まあつまり、漣斗は俺のしてる事を知ってるし、肯定してるから問題ねえってことだ」
「ええ……」
それはそれでだめじゃないだろうか。
俺はよく知りもしない紅上家のことが大分心配になってきた。
*
「へえ、じゃあ今二人は東本くんの彼女さんを全員殺そうとしてるってことかあ」
どうせここで作戦会議をするんだったら、と漣斗さんに事情を話すと、漣斗さんは特に動揺した様子もなくリストを眺めた。本当に全部知っているらしい。
「それで、次はどいつを殺すんだ?」
ようやく本題を話せる、と思いつつ紅上に尋ねれば、紅上はある一人の名前を指さした。
「! そいつか!」
「ああ」
「え、どんな子?」
不思議そうな顔をする漣斗さんに、紅上は、
「大島佐喜子。心理学部の高嶺の花だ」
こいつの死体は美しくなるぞ、と言って紅上は哂った。
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