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甚爾の残した、あの手紙を懐に抱いたまま、直哉は都内の静かな住宅街を歩いていた。手紙に記されていた、甚爾が唯一遺した血の繋がり――
「恵」というガキの姿を、どうしても自分の目で確かめずにはいられなかった。
(どんなツラして生きてるんか、拝みに来ただけや)
自分を納得させるように心の中で呟く。曲がり角の向こう、小さなアパートの前に、まだ幼い少年が一人で立っているのが見えた。ツンツンと跳ねた黒髪、そして、息を呑むほどに甚爾の面影を色濃く残した、あの涼しげな三白眼。
「……あ」
直哉の足がピタリと止まった。一目で分かった。あの男の血が、確かにその身体に流れている。自分がどれだけ金を積み、どれだけ懇願しても手に入らなかった 「禪院甚爾の地続きの未来」が、そこには当たり前のように存在していた。直哉の気配に気づいたのか、少年――恵が不審そうに視線を向けてくる。「……お兄さん、誰?」
その声の響きさえも、どこかあの人の面影をまとっていて、直哉の胸の奥をキリキリと締め付けた。直哉は傲慢な笑みを張り付け、恵を見下ろす 。
「ふん……。なぁ、ガキ。あんたの父親のこと、覚えとるか?」
「え……」
「ろくでもない男やったろ。金をせびっては、女のところを転々として。あんたのことも、捨てて消えたような男や」
意地悪な言葉が口を突いて出る。そうやって、甚爾の価値を貶めなければ、自分の惨めさが爆発してしまいそうだった。しかし、恵は泣き出しもしなければ、怒りもしなかった。ただ、どこか諦めたような、それでいて強い瞳で直哉をじっと見つめ返した。
「……あいつのことなんて、別にどうでもいい。最初から、いないものだと思ってるから」
少年の口から出たその冷淡な言葉は、皮肉にも、かつて甚爾が直哉に向けた「誰だ、お前」という冷たい拒絶の響きと、驚くほど酷似していた。直哉の心臓が冷たく凍りつく。このガキは、甚爾を憎んでいるのかもしれない。あるいは本当に忘れたがっているのかもしれない。それなのに、甚爾は死ぬ間際までこのガキの未来を憂い、あの手紙を残したのだ。自分のように、どれだけ忘れられても甚爾にしがみつき、愛を乞うていた人間には、ただの一文字も残さなかったというのに。「……ハハッ。ほんま、親子揃って冷たい目ぇしよって」
直哉は自嘲気味に笑い、恵に背を向けた。これ以上ここにいたら、自分が完全に壊れてしまう。懐の手紙が、皮膚を通してチリチリと痛む。それは、直哉が甚爾の世界に決して入れなかったことを証明する、あまりにも残酷な証拠。
「じゃあな、ガキ。精々、あの男の影に怯えながら生きるとええわ」
吐き捨てるように言い残し、直哉は足早にその場を去った。夕暮れの赤い光が、直哉の影を長く歪に伸ばしていく。甚爾の血を分けた子供にすら、自分はただの「通りすがりの他人」でしかなかった。届かない愛の残滓を抱きしめたまま、直哉はまた一人、誰も自分を見てくれない冷たい現実の中へと戻っていくのだった。
#禪院甚爾
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コメント
1件
うわ〜これマジで心抉られる……!😭 直哉の「屆かない愛の殘滓」ってフレーズがもう刺さりすぎて。父の面影を宿す恵を見て、自分は永遠に甚爾の世界に入れなかったんだって思い知らされるシーン、胸がギュッてなった。恵の「最初からいないもの」って台詞が、直哉には甚爾と同じ冷たさに響く皮肉もエモすぎる…。夕暮れの赤い光に歪む影、情景が目に浮かぶよ。続きが気になりすぎる!