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「――それで、これですか?」
アルフレドは、ふうとため息をついた。机の上に並べられたいくつもの魔法杖。そのほとんどがワンドだが、一部ロッドも混じっている。
炎を噴き出すファイアワンド。これのさらに小型の火を先端から出す、着火用ワンド。
先端から光を発するライトワンド。暗がりでの照明としても使える松明の魔法杖版だ。魔石を使う分、値段にすれば高価だがその分明るい。
そしてロッドサイズなのが、治癒魔法のヒールを発動するヒールロッド。これで単純な傷であれば時間と共に治癒するという代物だ。ただし、回復が間に合わず死亡する重傷や、毒などの治癒は対象外。
「しかし、ますますわかりません」
「何がだ?」
オレ――レクレス・ディエスは問うた。
ここはオレの執務室だ。外はすっかり暗く、深夜である。魔石を使った照明の光だけが室内を照らしているが、ロウソクの火よりも断然明るい。
「アンジェロですよ、殿下。この才能で、一冒険者だなんて信じられない」
「まあな。それはオレも思う」
9つの魔法属性。攻撃、補助、回復魔法の全てを扱いこなす実力の持ち主。もう魔術師で食っていけるだろう、という才能がありながら、一介の冒険者をやっているという不思議。
「材料さえあれば、自力でこのような魔法杖を作れてしまう技能」
アルフレドは杖の一本を手に取った。
「私も王都で、いくつか魔道具を見ていますが、まさかこの程度の素材で、簡単にできてしまうとは……」
「簡単ではないぞ」
オレは訂正する。
「ここではアンジェロしか作れない」
ワンドにしろロッドにしろ、魔石を埋め込む作業で接続部分の形が粘土のように変わる。職人が削って形を整えたり、部品を製作することなく、魔法で仕上げてしまう。
「ますますアンジェロ=天使説が濃厚になってきた」
このようなこと、並みの人間にできるだろうか? いや、できまい。
「いえ、殿下。さすがに真顔で天使などと言わないでください」
少しアルフレドのヤツの顔が引きつっているのは何故だろうか?
「上位の魔術師や魔道具職人ならば、これくらいはできると思いますよ?」
「そうかもしれんが……それはつまり、アンジェロが上位の魔術師や職人と肩を並べるほどということではないか?」
「まったくもって多才ですね」
アルフレドは指で眼鏡のズレを直した。
「才能の塊、いえ、天才というのは、ああいう人間を言うのでないでしょうか?」
「天才か……。どうだろうな」
その単語を聞くと、オレはどうしてもアディン兄さんを思い出す。
長兄であるアディンは、傲慢であまり趣味がよい人間ではないが、優れた知性と独特の嗅覚を持っている。自身の体力はないが、あれで人を動かして物事を予定通りに運ぶ達人だったりする。突拍子がなく、読めない言動も、気づけば丸く収まっている。そんな不思議な才能の持ち主なのだ。
「それにしても、謎です」
アルフレドは難しい顔になった。
「いったいアンジェロは何者でしょうか……?」
「だから、天使――」
「私は真面目な話をしているのですが。そもそもですね、おかしいんですよ。アンジェロほどの逸材が、有名にならないはずがない」
だいたい冒険者で戦士というのがわからない。Dランク冒険者などやらずとも、魔法で中級魔術師や上級魔術師や、魔道具職人などの道を選べたはずだ。そして彼の能力を知れば周りがそうするように勧めるのが自然だ。放っておくはずがない。
「絶対、手放すはずがないんですよ、あんな人材を」
「確かにな」
オレも、アンジェロを手放すなんて考えられない。優れた能力に魔法の才能。何より可憐で――と、これは違うな。
いかんな。どうもアンジェロを女のように見てしまう。心の底が彼を男と判断しているのか、アンジェロに関しては女と絡めて考えても、不快になりにくかった。
これはひょっとしたらオレの女嫌いの体質も、少しは改善の兆候が見えてきたのかもしれない。
「彼はどこで魔術と魔道具を習得したのか」
「アンジェロの師匠が優秀だったのだろう」
ただし女らしい。体質のことがなければ、ぜひ呼びたい人材ではある。
「さぞ高名な魔術師なのでしょうね……」
「心当たりがあるか?」
「いいえ。……アンジェロに聞いてみれはどうですか?」
「そうだな。聞くだけ聞いておこう」
「? 何か都合が悪いのですか?」
「アンジェロの師匠は女性らしい」
「あー……」
察したような顔になるアルフレド。……すまんな。オレの体質のせいで、皆には苦労をかける。
「ですが、殿下。アンジェロのことは、詳しく聞いたほうがよいでしょう。思えば、彼にはわからないことが多すぎる」
アルフレドは目を光らせた。
「人材不足と雑務処理で多忙過ぎて、じっくり確認する暇もなかった。使えるならそれでいい、と。ですが、そうも言っていられません。ここに来た人間にしては、出来がよすぎる」
「前にも言っていたな、そんなようなこと」
確か、アンジェロが来た日だったか。冒険者のくせに高級調味料を持ち込んでいた、とか。貴族か商人か――そう考えると、確かに疑問はある。
「そういえば――」
アルフレドが考える仕草をとった。
「昔、王都で、幼いながら魔道具を自作した貴族令嬢がいた、というのがありましたね」
「……あったか?」
「ありましたよ。あなたもよく知っていたはずだ」
アルフレドはそこで眉をひそめる。
「殿下には大変不快な思いをさせますが、ご容赦を。あなたの初恋の相手にして、どういう経緯かわかりませんが、正式な婚約者となられたアンジェラ・エストレーモ侯爵令嬢です」
息がつまった。初恋――オレの……ダメだ。思い出せない。
好きだった。だがオレは彼女に会いにいく時、女が苦手な体質になって、彼女の顔を見つめることすらできなくなった。
あれだけ考えていた彼女のことが、オレを苦しめた。だからオレは彼女のことを忘れた。顔を忘れた。大好きだったはずなのに、忘れなければオレは立つこともできなくなって。
吐いて、震えて、泣いて。忘れたくないのに忘れろと自ら念じ続けて、苦しんで。
「……大丈夫ですか?」
アルフレドは心配げな顔を向けている。こいつはオレが、初恋の相手の顔を忘れたことを知っている。それだけ付き合いが長いのだ。
「ああ、大丈夫」
本当に忘れてしまった。思い出しそうとしても、本当に浮かばない。まるで石の扉で封印したように。ウンともスンとも。
「そういえば、アンジェロとアンジェラ……名前が似ていますね。男性形がアンジェロ、女性形がアンジェラでしたか。……いや、まさか」
何のまさか、だ? 名前の意味が同じ天使だからって――何だやっぱり天使じゃないか。
アルフレドが考えたのはアレだろう。アンジェロが実はアンジェラだったとかそういうの。それはあるまい。何故、アンジェラがアンジェロを名乗ってやってくる必要があるのだ?
「……もしかして、アンジェロって、アンジェラと双子だったりとか?」
双子がよく似た名前をつけられるってのはよくある話だし。もしかしたら……。