テラーノベル
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繁華街を後にした私たちは、イルミネーションで華やかに飾られた通りに足を向けた。
大通りを分けるように、中央に歩行者専用の通路が広く設けられているが、そこがイルミネーションのメイン会場だ。
それにしてもさすがのクリスマスイブ。一帯は混雑していた。
「はぐれないように」
私たちは手を繋ぎ、寄り添い合って、頭上を覆うイルミネーションを眺めながらゆっくりと歩く。
「綺麗ねぇ。こうやって見るの、初めてよ」
「俺もだよ。いかにもデートスポットって場所だから、ずっと縁がなかった」
「ふぅん?そういえば、碧斗って今まで彼女がいたことってなかったの?」
「いないよ。俺は詩乃しか見てなかったからな。それにこの前……」
碧斗は私の耳元に顔を寄せる。
「俺も初めてだって言ったこと、もう忘れた?」
「っ……!」
先月の連休、彼の元へ行った時のことを思い出して、顔がカッと熱くなった。
「本当はこのままホテルに行きたいところだけど、我慢するよ。詩乃の帰りがあまり遅くならないようにしないとね。おじさんとおばさんが心配するもんな」
「ごめんね」
碧斗の口調に残念な響きを感じ取り、私は謝った。ホテルはさて置き、もっと長く彼と一緒にいたいが、門限に厳しい家ではないけれど、さすがに日付は超えない方が良さそうだ。
「気にするな」
碧斗は笑い、それから大通りの向こう側に目をやった。
「あの公園を通って帰るか」
「うん」
人の流れから脱出して向かった公園は、賑やかな大通りと違ってとても静かだった。
「おっ、ここからもいい感じに見えるな」
「ほんとね。綺麗」
「そこに座ってちょっと眺めていくか」
碧斗の目線をたどった先にベンチがあった。そこに私たちは腰を下ろして、遠目にイルミネーションを眺めていたが、しばらくたった頃、碧斗が私の方へ向き直った。
「今夜こうして帰って来たのは、詩乃に会いたかったからだけじゃなくて、これを渡したかったからなんだ」
碧斗はコートのポケットから小さなケースを取り出した。私の手を取り、その上にそれをそっと乗せる。
大きさと形からして、これはあれとしか思えない。
「開けてみて」
私はどきどきしながらケースの蓋を開けた。小さな石が埋め込まれた指輪が現れた。
「これ、私に?」
「あぁ、詩乃につけていてほしい」
碧斗は軽く咳ばらいをしてから、真面目な口調でゆっくりとその言葉を口にする。
「詩乃、俺と結婚してほしい」
突然のプロポーズに言葉を失った。付き合い始めてからこれまで、碧斗がそれに近いような言葉を私の耳に囁く度に、いつかはそんな日が来るかもしれないという予感と期待は確かにあった。けれど、こんなにも早くその日が訪れるとは思っていなかったのだ。
「私たちが付き合ってまだ半年くらいだよ。もちろん私はすごく嬉しいし、幸せなんだけど……」
1,434
#年の差
水無月 京
84
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すでに予想済みだったのか、私の複雑な表情を前にしても碧斗は全く動じなかった。
「付き合ってからはそうだけど、俺たちの仲はそれ以上に長いじゃないか。それ以前に、付き合いの長さなんてたいして重要じゃないだろう?」
「それはそうかもしれないけど……」
戸惑い顔のままの私に、碧斗は穏やかに話し続ける。
「今の俺たちは遠恋だし、互いに仕事を持ってる。俺に関して言えば、転勤族だ。その他にも、それぞれの家の子供は俺たちだけだとか、そんな感じでクリアしなきゃいけない課題は色々ある。ただ、前にも言った通り、詩乃にはずっと俺の傍にいてほしい。詩乃を離したくないし、他の誰にも絶対に渡したくない。だから、すぐに結婚はできなくても、せめて婚約だけでもしておきたい。そういう意味も込めて、その指輪を贈りたい」
様々な課題があると分かっている上でのプロポーズであることに、彼の想いの強さと真剣さがひしひしと伝わってきた。実際のところ、私自身、碧斗以外の人との未来はまったく想像できなかった。だから、私は指輪をケースごと胸に抱く。
「ありがとう、大事にする。碧斗と早く一緒になれますように。その日が待ち遠しいよ」
私の言葉を聞いてやっと安堵したらしい。碧斗は盛大なため息を吐き出した。
「ものすごく緊張した!」
彼は気分を変えるかのように天を仰ぐ。
「さて、来週こっちに帰ってきたら、柚乃に報告しに行かなきゃな。詩乃と婚約した、ってね。その後に詩乃の両親に挨拶に行こう」
「柚乃が先なの?順番が逆なんじゃない?」
くすくすと笑う私に碧斗は真面目な口調で言う。
「それでいいんだよ。柚乃にはずいぶんと詩乃のことで相談に乗ってもらったんだ。だから、まずは柚乃を安心させたいんだ」
私は碧斗の言葉に引っ掛かりを覚えた。
「ちょっと待って。私のことで相談って何?初耳なんだけど」
「内緒」
碧斗は照れ笑いを浮かべながら、そろそろ帰ろうと言って立ち上がった。
私もそれに続こうとしたが、彼が再び私の隣に腰を下ろしたのを見て座り直す。
「どうしたの?」
それに対する碧斗の返事はなかった。その代わり、彼は私の唇をキスで塞ぐ。
このまま朝まで彼と一緒に過ごしたいと思うほどの、長く熱い口づけだった。もっとほしいと思った時に彼の唇が離れて、がっかりしてしまう。
火照る私の頬を撫でながら、碧斗はにやりと笑い、囁く。
「この続きは、来週こっちに帰ってきた時にね」
私は彼の胸にぎゅっと抱きつき、大きく頷いた。
それから一週間後。
改めて帰省してきた碧斗は、柚乃に会いに行こうと早速私を誘った。
柚乃の墓前に着いた私たちは、途中で買った仏花を活け、線香をあげた。燻る香の匂いの中、静かに手を合わせる。
しばしの静けさの後、碧斗が口を開く。
「柚乃。俺、詩乃と婚約したんだ。詩乃のことは俺に任せとけ。柚乃の分まで一生大事にするから、安心してほしい」
柚乃の墓標に向かって穏やかに語りかける碧斗の声を聞いているうちに、幸せな気持ちと、柚乃がいないことへの寂しさと切なさが入り混じった感情が、私の胸の中に広がっていく。
私がすんと鼻をすすり上げる隣で、碧斗は明るい声を出す。
「柚乃への報告も終わったことだし、次は互いの家に俺たちの婚約のことを伝えに行くとするか。待てよ。急にものすごく緊張してきたぞ。この前のイブ、詩乃に指輪を渡した時以上にどきどきしてる」
ちらりと見た碧斗は、固い表情で胸を抑えていた。
私はこっそりと目尻を指で拭い、彼の緊張が少しでも和らぐようにとその背中を撫でた。
「大丈夫よ。うちの両親は、絶対に反対なんかしないと思うな。実はね、碧斗と付き合うことになったって話した時、お父さんもお母さんもすごく嬉しそうだったの。だからきっと、その時以上に喜んでくれると思うんだ」
「詩乃のその言葉を信じて、行きますか」
意を決したように碧斗が言った時だった。
風もないのに線香の煙がゆらりと大きく揺らめいた。何かが私の頬に優しく触れたと思ったのは、それとほぼ同時だった。
「ねぇ、碧斗。今、柚乃が私の頬を撫でたような気がしたわ。おめでとう、って」
「俺は、頑張れ、詩乃を頼むってカツを入れられたような気がしたぞ」
碧斗は苦笑し、今ひとたび柚乃の墓に向き直る。
「柚乃、これからおじさんたちに話しに行くから、応援頼むよ」
碧斗は私に手を差し出す。
「詩乃、行こう」
「うん」
私は碧斗と手を繋ぎ、柚乃の墓前から離れた。私と碧斗をずっと見守っていてねと、心の中で語り掛けながら。
(了)
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完結おめでとうございます。