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金髪は袋の中身を受け取って、
しばらく黙っていた。
新品の下着を見つめる指先が、
ほんの少し震える。
「……ありがと。ちゃんと、朝だね」
「そうだな」
俺はキッチンに向かい、フライパンを出す。
油の音が鳴るまでの沈黙が、妙に落ち着かなかった。
「……京一郎」
「ん」
「俺さ、
京一郎に“行け”って言ってくれたの、
ちょっと救われた」
火を弱めて、振り返る。
「縛るつもりはねえから。」
「……うん。
でも、戻れる場所があるって思えるのは、
……強い」
金髪はそう言って、シャツの袖の匂いを嗅ぐ。
さっきより、少しだけ背筋が伸びている。
「朝メシ、簡単でいいか」
「いい。
京一郎のなら」
皿を並べる音が、朝の部屋に馴染んでいく。
夜の名残はもう薄い。
食べ終わる頃、金髪は立ち上がった。
「……じゃ、行く」
「無理すんなよ」
「それ、俺の台詞」
玄関で靴を履き、振り返る。
「……また来てもいい?」
俺は一瞬考えてから、短く答えた。
「逃げ場は、空けとく」
金髪は小さく笑って、ドアを開けた。
朝の光が、背中を押す。
ドアが閉まったあと、部屋は静かだった。
でも——
確かに、続きを待つ音がしていた。
金髪が出ていってから、しばらくその場に立ったままだった。
フライパンはもう冷えていて、
窓の外ではいつもの朝が進んでいく。
「……静かすぎるな」
独り言が、やけに部屋に響いた。
金髪の残っている香りがまだソファにあって、
俺はコーヒーを淹れる。
苦い。
それが今はちょうどよかった。
昼前、スマホが震えた。
短い通知。
(ちゃんと着いた。
朝の光、まぶしすぎ)
それだけ。
なのに胸の奥が、少し緩む。
(無事ならそれでいい)
返したのは、それだけだった。
数分後。
(そっけない)
思わず、鼻で笑う。
(ガキ)
(ひど)
でも、そのあと。
(また行っていいって言ったの、忘れてないから)
画面を見つめて、しばらく指が止まる。
(覚えてるなら、それでいい)
送信。
金髪が居ない夜。
仕事もない一日が、こんなに長いとは思わなかった。
風呂を済ませ、電気を落とす前に、
ふと玄関を見る。
来るはずはない。
それでも——
ノックの音を、少しだけ待ってしまう。
「……厄介だな」
布団に入って目を閉じる。
朝の、俯いた顔。
小さく揺れた声。
逃げ場を作ったつもりで、
一番逃げられなくなってるのは、俺のほうかもしれなかった。
それでも。
続きを拒む理由は、もうどこにもなかった。