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最高の旦那様

106 - 第106話 旦那様の謀略は無敵です。7

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2025年02月10日

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「この場でならば、この場でだからこその、お言葉なのでしょう、リゼット殿?」


「……最愛の御方様の寛容さには、頭を垂れて感謝申し上げます……」


何とも形式美なやり取りだ。

だが効果はあったらしい。

バザルケットが柔らかく微笑む。


「そうでなくては。そうでなくてはならぬのじゃよ、アリッサ。いっそアリッサが王になれば、この国は未来永劫の繁栄を約束されるだろうにのぅ」


「聡明な王とローザリンデ王妃の治める国もまた、未来永劫とはならずとも繁栄いたしましょう。それで十分ではありませんか?」


戯れ言にあえて乗ってみせる。

二人の眼差しが穏やかに細められた。


「ええ。王の乳母として、国の民として、今後も今まで以上に尽くす所存でございます」


「自分はまぁ……気楽にやるとしようかのぅ」


憎まれ口にも聞こえそうな言葉だが、狼族を統べるバザルケットの力は強い。

ローザリンデの復帰に文句を言いそうな有象無象にこそ、彼女の名前は役に立つ。


「では、御前失礼いたします、最愛の御方様」


「ちと、行ってくるからのぅ」


気合いの入ったバローの肩をバザルケットがぽんぽんと叩く。

ふ、とバローの全身から余計な緊張が解けるのが見て取れる。

私が想像しているよりも、良い関係なのだろう二人の背中を玄関から見送った。



起床時から磨きに磨かれて王城へ向かったのは、なんと昼時。

おなかが空きました……としょんぼりしていたら、三姉妹がせっせと食事を口へ運んでくれたおかげで、今は小腹が空いている程度。

一緒に磨かれていたローザリンデは、楽しそうに三姉妹の給餌を受け入れていたが、普通は食べないものだと苦笑していた。

気が利かないメイドがついたりすると、水分補給もないとか酷すぎる。


メイドたちが総力を挙げて着飾らせてくれたお蔭で、私もローザリンデのそばに侍っても遜色ない見栄えとなった。


私とローザリンデが着ているドレスはモチーフ違いの同じデザイン。

御令嬢が大きなパーティーでこぞって着そうなプリンセスラインだ。

パニエでふわっと膨らませているので、ボリューム感が凄い。

私のモチーフは白百合で、ローザリンデは白薔薇。

髪の毛はそれぞれの生花で飾られている。

花の冠を被っているように見えるだろう。


肩出しは夫から却下されたので、肩から手の甲までが、花の刺繍が施されたレースに包まれている。

代わりにとばかりに背中は大胆に露わになっていた。

夫のボーダーラインが時々理解できない。

ローザリンデ曰く、うなじから背中のラインは、デコルテと同じくらい磨かれるので、露出するデザインは少なくないとのことだった。

一人なら心許ないが、ローザリンデも同じ露出なので心強い。


アクセサリーは、ダイヤモンド、真珠、金をふんだんに使った物で重い。

ローザリンデも、ここまでつけたのは久しぶりです、と言っていたので結構な量なのだろう。

イヤリング、チョーカー、コサージュ、ブレスレット、指輪に、初めてつけるトゥーリング。

足の指につけるリングです。

つけようとした途端、背後に夫の気配が濃厚にあって驚かされる。

トゥーリングをつけてくれたのは彩絲の手だったけれど、震えていたので夫の気配を感じたのかもしれない。

私としたことが、トゥーリングをプレゼントしなかったなんて! と悶えていたので、好みに合ったようで何より。

向こうに戻ったら、全ての足の指用に揃えられているだろう。

一度に全部つけてください! と言われないと信じたいかな。


 雪華の手を借りて屋敷から出れば、ホークアイとモリオンが大きな馬車に繋がれて待っていた。

王城から手配された馬車らしい。

中にはバザルケットが乗っていたので、安心して乗り込む。


私の馬車には、バザルケット、ローザリンデが乗った。


「ふむ。二人ともよう似合っておる」


「バザルケット殿も大変美しゅうございますよ。狼族の色彩鮮やかな刺繍には、何時でも驚かされます」


「ローザリンデ嬢は目が高い。これは我が一族随一の縫い手が刺したものじゃ」


王城で着替えたのだろうか。

バザルケットはハンガリーの花刺繍が施されたワンピースに、よく似た物を着ていた。

大ぶりの花に囲まれた銀色の毛並みが美しい狼がこちらに向かって微笑んでいる。

一枚の絵画を見ているかのような美しさだ。


「若かりし頃の自分を刺したものじゃ。最近はとんと着ておらなんだが、たまにはよかろうて」


「まぁ、素敵ですわ。ありがとうございます、バザルケット殿」


「我が一族が何人か参加するようじゃ。バザルケットではなく、エリスと呼ぶがいい」


「エリス嬢?」


「これ!」


花冠が損なわれないように、優しい拳骨が落とされる。

ふわりと百合の香りが強くなった。


「肩を張ってないのは良い傾向じゃがの」


「エリス様。パーティーの前に王には会わねばなりませぬか?」


「ローザリンデ嬢次第じゃのぅ。王は会いたがっていたようじゃが?」


「正直に申し上げますと、迷っております。それに王より先に会いたい者たちもおりますし」


「ああ、元嫡男たちか」


「はい。そちらは叶いましょうか」


「くっく。雁首揃えて待っておるぞ」


バザルケットが不穏な笑い声をたてた。

何か、したのだろうか。

何かしたのかもしれない。

ローザリンデと私に対して、失礼をしないような、躾を。


元嫡男たちとの面通しに、少々不安を感じる私とは裏腹に、ローザリンデは安堵した表情を浮かべていた。



王城へは堂々と正門から訪れた。

目に眩しい全身鎧を着た門番が、ホークアイとモリオンに動揺している。

咎めようとしないだけ、さすがは王城の門番を任されている者といったところか。

馬車の窓からバザルケットが顔を出す。

にやっと笑えば、門番から安堵の気配が伝わってきた。

全身鎧を着ていても、目の部分はこちらからも見えるようになっているので、感情はそこまで読み取りにくくもない。


「そういえば正門から入るのは初めてなんです」


「王城内に転移させられたのじゃったな。全く無茶をしおる」


「そうですね。主人からの言葉がなければ怒りの行く先に迷うところでした」


「……自分はまだ会っていないが、他にも三人いたようじゃな?」


「ええ、いました。顔見知りというだけの関係です。できれば二度と会いたくありません。彼女らがどうしているかなんて、聞かなくてもわかりますし。そういう、方々なのですよ」


苦笑の意味を二人は正確に読み取った。

配慮不要の真意も伝わっているだろう。


「では……その三人には会わず、王にも会わず、寵姫もどきにも当然会わず、元嫡男たちにだけ会う……それでいいんじゃな?」


「私はそれで。ですが、貴女方が倣う必要はありませんよ?」


「聖女もどきには、後ほどお会いすることになりましょう。それで十分ですわ」


「寵姫もどきがいたからか、聖女もどきが酷すぎたのかはわからんが、王の手はまだ、ついておらんようじゃぞ?」


「ついておりましたら、見限りましたわ。もっとも、男性としての王は、そもそも信用しておりませんもの」


はははは、ふふふふ、と不穏な笑い声が馬車に響く。

エリスも男性問題で嫌な経験をしていそうな雰囲気だ。

立場上致し方ないのだろう。

止まらない笑い声には、奇妙な同族意識が感じられる。


「アリッサのエスコートは自分がしよう。ローザリンデ嬢のエスコートはさて……くっく。どうやらよりどりみどりのようじゃぞ? 人気のある女はつらいのぅ」


正門をくぐってしばらくすると、ホテルのような建物の前に馬車が止まった。

迎賓館に当たる建物だろうか。

窓から外を覗いたエリスが、ローザリンデを揶揄う。

同じように馬車から外を覗いたローザリンデは柔らかく笑った。


「お久しぶりでございます、ローザリンデ嬢。エスコートの栄誉を賜れますでしょうか?」


「喜んで、ヴァレンティーン様。お元気そうで何よりですわ」


すっと差し出した、優美なローザリンデの手を取ったのは、片眼鏡が知的な男性。

宰相の元嫡男あたりだろうか。

地位も高そうに見えるしね。


他にも侍っていた男性が、こぞってローザリンデを褒めそやす。

世辞ではない気安さが見て取れた。

どうやら貴族的嗜みが発動した結果、全員が大人の対応を取ると決めたようだ。

ローザリンデの性格上、媚を含んだ謝罪など、事態を余計悪化させるだけなのだと、重々承知しているのだろう。

やはり彼らは、最前線に復帰すべき人材だ。

贖いは最前線でこそ発揮されるものも多い。

得るものも多いが、失うリスクが高いのが最前線なのだから。


「さぁ、アリッサ。まいろうかのぅ」


エリスのエスコートで馬車を降りる。

私の存在を教えていなかったのだろうか。

全員が目を見開いている。

口を大きく開けた者もいた。


我に返ったのは騎士団長の元嫡男らしい男性。

エスコートを申し出ようと、一歩を踏み出す。

私が断る前に、エリスが断った。


「エスコートは我がする。不要じゃ」


「ですが、高貴な御方のエスコートは男性がよろしいかと……」


「不要じゃと申しておる。それとも、エリス・バザルケットのエスコートが礼を失するとでも、申すのか!」


「っつ! 大変失礼をいたしました。バザルケットの御当主とは存じ上げず、無礼をお許しくださいませ」


騎士の謝罪に相応しい直角のお辞儀。


「まぁ、良い。高貴な方は寛容じゃ。感謝するのじゃぞ?」


「は。高貴な御方様には感謝を申し上げます」


何かを言おうとして、夫に止められる。

この場で言葉を発してはいけないらしい。

私は鷹揚に頷くだけに止めた。


侍従長の元嫡男による案内に従って、ゆるゆると移動する。

通りすがりの者たちは皆等しく頭を垂れて、何やらひそひそと囁いていた。

囁きはローザリンデの帰還を喜ぶものと、男性たちに対しての思うところ、私とエリスが誰なのかを推測するものがほとんどだった。


「王城の鳥はよう囀るのぅ」


「ふふふ。エリス様とアリッサ様が気になって仕方ないのですわ!」


「ローザリンデ嬢に関する声が一番多いようじゃがな」


「あら? そうでございますの。私の耳にはお二方を賛美する声しか届きませんのよ」


「随分と浮かれておるようじゃが、大丈夫かぇ?」


「そう見えるのであれば、安心できますわ」


可愛らしく微笑むローザリンデに周囲が感嘆の溜め息を零す。

久しぶりだからか、無防備に微笑むローザリンデが珍しかったのか、男性たちも似たような溜め息を吐いている。


「こちらにございます」


豪奢な扉が開かれた。

品良く高価そうな美術品が配置された中央に、これもまた年代物と思わしき大きなテーブル。

テーブルの上にはロベリートスで統一されたアフタヌーンティーセットが用意されていた。

使われている食器も全てロベリートスがあしらわれているのだから徹底している。


「アリッサ様は、ロベリートスはお好きでしょうか?」


「ええ。果物の中でも特に好ましく思っております」


「私も大好きですわ! 好きな物がお揃いなのは嬉しゅうございます」


ローザリンデの言葉に男性たちは驚きを隠せない。

たぶんここまで喜びを露わにするのが珍しいのだろう。

貴族令嬢の嗜みでは、はしたないとされている表現らしいからね。


「お召し上がりの前に……ケープを着用になられますか? お召し物を汚さぬようにと誂えた物にございますが……」


恭しく広げられたのはドレスがすっぽりと隠せるロングケープ。

しかも美容室などでよく見かける、腕が通せる造りのようだ。


「まぁ! そんな素敵な物がありましたのね?」


「フライエンフェルスのとある御令嬢のために作ったんだよね。ほら、あんまりにもドレスを汚すもんだからさ」


「特注品にもかかわらず、食べにくいからと、一度も使われませんでしたがね」


「作るに至った経緯はさて置きまして。高貴な御方様は貴重な装いを大切になさると伺いましたものですから……」


「ええ、そうですわね。アリッサ様、如何いたしましょうか?」


恐らくこの場のために新しく作らせたのだろう。

断りを入れる理由など一つもない。


「心が尽くされたおもてなしですもの、有り難く使わせていただきますわ」


ふわっとケープがかけられる。

多分防水加工もほどこされているのだろう。

これで安心して美味しくいただけるというものだ。

ちなみに、エリスもつけていた。

自分は粗雑だから今後も使用したいのぅ、と言っていたので、案外広まるかもしれない。

親しい者限定のお茶会でなら、恥ずかしくもなさそうだ。

おしゃれなケープを追い求める者も現れる気がする。


「では、ローザリンデ嬢。乾杯の音頭をお願いできようか」


「久しぶりの再会と、新たなる出会いを祝して、乾杯!」


フルートグラスに入っていたのは、ロベリートスのシャンパン。

ふわっと新鮮な果物の香りが鼻を擽る。

お代わりを望みたい飲みやすさだった。

夜蝶のはばたきでいただいたシャンパンより、香りも甘みも強い気がする。

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