コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「乾杯から間をおかずに恐縮ではございますが、自己紹介をさせていただきたく存じます。この者の紹介も許されましょうか?」
元侍従長の嫡男は基本的には紹介の対象外なのだろう。
私は軽い会釈で応えた。
「クサーヴァーと申します。現在お三方の元で働いております」
「ライヒシュタイン家は代々侍従長を勤め上げている家系なんだけどね。クサーヴァーの廃嫡撤回はしない方向とのことなんだ。僕が言うのもおこがましいけれど、禊ぎはすんでいるから、その点は安心してほしい。僕はイェレミアス・リーフェンシュタール。先日どうにか宮廷魔導師には返り咲けたんだ! 魔法関係で聞きたいことがあれば遠慮なくどうぞ!」
「相変わらずの言葉遣いですわね、アス。アリッサ様がお優しい方であることに感謝なさい」
「ローザの友人っていうか、親友なんでしょ? なら、いいよね。あ! 信頼できない人物が一人でもいるときは、ちゃんと取り繕うからさ!」
砕けた口調が嫌味にならない男性だ。
母性本能が擽られる系なのだろう。
夫の駄目出しがないところをみるに、この態度に裏はない。
魔法やスキルに精通しているに違いないので、いろいろと教授してもらえたら嬉しいのだが。
守護獣たちが同席するのなら、構いませんよ?
おや、珍しい。
夫から許可が下りた。
私が考えている以上に、イェレミアスは優秀な人物らしい。
「アスときた日には、いつか不敬罪で断罪されるにちがいないな。我が輩はユルゲン・フィードラーと申します。現在はヴァレンティーンの護衛を務めております」
「まぁ、騎士団には戻らなかったの?」
「有り難いことに部下たちは嘆願書を出してくれたんですが……親父……父が許しませんでした。もっとも父の許しがあっても戻るつもりはありませんでしたよ。それだけのことを、しでかしておりますから」
苦笑を浮かべたユルゲンは、部下を大切にする上官だったのだろう。
色恋で道を踏み外した上官のために部下が嘆願書を出すなんて、そうそうない。
慕われる性質であるのなら、騎士団に戻るべきだと思う。
思うが、何も騎士団に囚われなくてもいいのかもしれない。
ただ一護衛では勿体ないので、せめて護衛頭に昇進させてほしいところだ。
「そうは言うがな、ユルゲン。君の父君はやはり人の上に立つ仕事をしてほしいようだぞ? 先日、そんな話を父経由で伺っているんだ。自分はヴァレンティーン・ローゼンクランツと申します。現在は文官として王城で勤務しております」
「王城での勤務は許されましたのね」
「幾つかの案件を通しまして、そちらが評価されました。愚かな私を慕ってくれた方々が共に尽力してくれたのですよ」
ヴァレンティーンは穏やかに微笑む。
彼もまた、部下たちに慕われる上官だったようだ。
重罪を犯しておきながらも返り咲けるだけの、実力とコネが彼らにはあったのだろう。
何より、反省の態度が受け入れられたのだ。
四人のうち二人が心配との話もあったが、直接対峙してみれば問題点は感じられなかった。
これだけ優秀な男たちを揃っておかしくさせたゲルトルーテ・フライエンフェルスは実に罪深い。
彼女は彼らのように、反省し、再出発することが叶うのだろうか。
残念ながら叶わない予感しかしないのが残念だ。
ローザリンデがロベリートスのババロアが盛り付けられた皿を手にするので、同じ物を取った。
薔薇の形に作られたババロアは食べるのが勿体ないほど可憐だ。
周囲は生クリームと刻んだロベリートスで飾られている。
生クリームは甘さ控えめ、刻みロベリートスは僅かな酸味と香りがいいあんばいで、甘さは文句のつけようがなかった。
「本日行われる秘密のお茶会用にと、フラウエンロープ家で朝摘みされたロベリートスを使用しております」
目を閉じてロベリートスの味を堪能していると、尋ねるまでもなく説明があった。
「あら、本当? 以前食べた物より随分甘みが強くなった気がしますわ」
「品種改良に成功したようでございますね。お嬢様がお戻りになる日までに! を合い言葉にフラウエンロープ家に忠誠を尽くす者たちが励んだようでございます」
「愛されているのね、ローザリンデ」
「うふふ。有り難いことですわ。今度朝摘みのロベリートスをたっぷりとお屋敷にお届けしますわね。皆様で召し上がってくださいませ」
「嬉しいわ! きっと皆も喜ぶでしょう。ありがとう」
すかさずそんな提案をしてくれる、ローザリンデのそつのなさは、さすがに王妃になる女性だ。
さぞ外交も得意に違いない。
ババロアにスプーンを入れて、口にする。
これもまた美味しい。
思わず顔がほころんでしまう。
ふとババロアから目線を上げると、注目されているのに気がつく。
首を傾げれば、エリスが楽しそうに喉を鳴らした。
「ほんにまぁ。美味しそうに食べるのぅ、アリッサは」
「ええ、とても美味しいですから。私、美味しい物には目がない質ですの」
「そうやって素直に感情を表すことが少ないのが貴族令嬢じゃからな。しかし、アリッサの笑顔はまがいものとは違うのぅ。どうじゃ、リーフェンシュタールよ?」
「えぇ? 僕に聞きますか、バザルケット様!」
「そうじゃ、お主が一番重症だったと聞いておるぞ?」
エリスは豪快にロベリートス尽くしのスイーツを攻略している。
ちらっと見たらババロアは、なんと一口で食べていた。
味わって食べているのは表情を見ればわかるけれど、彼女もまた貴族の作法に囚われるつもりはないのかなぁ、と思う。
「いやーお恥ずかしい限りです。あれですね。本当のところを申し上げますと、彼女に囚われていたわけじゃなくて……信じたくなかったんですよ。ちっぽけな自負を捨てきれなかったんです。魔法に関して、誰にも劣らないなんて、つけあがってましたね、本当」
たはははーと頬を掻きながら顔を赤くしている。
自分の過去が恥ずかしくて仕方ないらしい。
「最初は魅了スキルかな? 魔法かな? って調べてるつもりだったんですけど、なんていうか……魅了スキルそのものに囚われてたんです」
「ほぅ」
「だからしつこく……断罪されても執着していたのですが、最愛様が魅了を封印してくださったじゃないですか?」
「私が、ではなくて。王城にあった封印具が、ですよ?」
「いいえ、最愛様が、です。貴女でなければ、あいつの能力を封印できなかった」
イェレミアスがうっとりと焦がれる眼差しで私を見てくる。
不思議と、夫の注意はない。
「あの、すばらしい偽装魔法! 看破できる者はまずいませんよ。何とも使い勝手の良い魔法だろうと、惚れ惚れいたしました。是非、お時間を取っていただきたいです。そして魔法やスキルのお話を!」
転移しましたか? という素早さで移動してきて、手を取ろうとするも、エリスが大きな掌でイェレミアスの顔を覆ってくれた。
その場に止められたまま空を掻く手が滑稽で、くすっと笑う。
「バザルケット殿! 爪が食い込みますぅ。痛いです! もう最愛様に触れようといたしませんので、お許しを!」
「全く興奮しすぎじゃ。でもまぁ、あれじゃな。アリッサの魔法を見て、開眼したのじゃな」
「はい! そうです! 魅了スキルよりも、希少で優秀な魔法! 世界は広かった! 囚われている場合じゃない! と思った次第なのです」
妙に納得する話だった。
そして夫が彼を避けない理由を理解する。
夫は彼をオタク仲間になる逸材だと推測しているのだ。
実際イェレミアスは重度の魔法オタクだろう。
夫とて、この異世界。
男性の手を借りる必要性を感じているのだ。
だからこそ性的な色を見せる可能性が低い、オタク仲間を捜していたに違いない。
イェレミアスは恐らく、異世界初のオタク仲間、しかも異性の仲間になる予感がした。
しかし、イェレミアス君。
残念ながら、私の偽装は魔法ではない。
スキルだ。
語り合う機会があるときに訂正しておこう。
「他の三人はどうじゃ? もう魅了になぞ、囚われはせぬか」
興奮して鼻息の荒いイェレミアスの手には、ティーカップが渡される。
鎮静効果のある飲み物なのだろうか。
一息に飲み干したイェレミアスは、大人しく自分の椅子に深く背中を預けている。
「自分は……また、囚われてしまうやもしれません。安心して忠誠を捧げられる相手を常に探しておりますので……ただ、偽りでしかない張りぼての存在に、忠誠を捧げるような無様はしないようにと、努めてはおります」
クサーヴァーは一片の偽りもなく己を吐露する。
本来忠誠を誓うべく相手に、全てを預けられなかったのだろう。
そこをつけこまれた。
そもそも彼は、距離感の取り方を間違えたのだ。
王に対して真摯に仕えようとして、王が偏愛する相手にまで同じように仕えようとしてしまった。
良識は無理でも、せめて常識がある相手ならば大丈夫だったはずだ。
相手が正しい距離を取ったに違いないから。
しかし、相手はお花畑思考に染まった魅了能力持ちだった。
だから捧げられた忠誠を、その意味を知ろうともせずに享受した。
クサーヴァーはさぞ便利だったはずだ。
王家に仕えるために生きてきた家系なのだから。
彼を使えば、他の者では物足りなくなる。
それぐらいに優秀だ。
強欲な彼女は手放したくなかったに違いない。
クサーヴァーは容姿も美しいし、身分も低い。
王の寵愛を一身に受けていると自負したままに、傲慢に使い続けた結果。
クサーヴァーの忠誠もまた歪んでしまったのだ。
彼は歪む前に、正すべきだった。
忠言すべきだった。
実はクサーヴァーが一番、特にプライベートな面において忠言をしやすかったのだから。
「……今度は忠言を捧げられる相手にするべきかしら?」
「! そうでございますね。忠言もできぬ侍従など、存在を許されるはずがございませんでしたのに……己を振り返るのが、これほど苦痛なものだとは思いませんでしたが、目を背けず受け止めていく所存でございます」
深々と頭が下げられた。
今は三人に仕えているというクサーヴァー。
そのまま仕えていればきっと、心も穏やかに忠言を捧げられる日も来るだろう。
深く後悔し反省もした三人は、二度と同じ過ちを犯さない程度には優秀なようだから。
「……お茶のお代わりをいかがでございましょう? まるうしのたたきもお勧めでございますよ。ウォルナッツとロベリートスを刻んだものとバルサミコビネガーのソースが、初めての試みとのことでございます」
「ありがとう、どちらも美味しくいただくわ」
新しい紅茶が注がれる。
ストレートのロベリートスティーは、まるうしのたたきに合いそうだ。
「うーん! 美味しい! ローザリンデもどうかしら」
「ええ、いただきますわ」
実に優美な手つきでナイフとフォークを操るローザリンデの所作をつい見守ってしまった。
私の半分ほどの量を口にして、大きく目を見開く。
見開かれた目は間をおかずしてやわらかく垂れた。
実に可愛らしい表情だ。
クサーヴァーが激しく瞬きをした。
他の三人は大きく口を開いている。
エリスは喉で笑った。
「まぁ、皆様。いかがいたしましたの? 特にお三方は。貴族の作法を忘れまして?」
「いえ、その……ローザリンデ嬢が幼き頃のように、無邪気に微笑まれるものですから、見惚れてしまいました」
「俺もです。懐かしくて、何かこう……なんというか、ええと……」
「ほっこりした。癒やされてしまった。王は馬鹿なことをしたとか真剣に思った!」
「そうだ! それだ! や! そうでなく!」
全員が混乱している。
イェレミアスはもしかしたら通常運転なのかもしれないが。
「ローザリンデ嬢!」
「はい、なんでございましょう、ユルゲン殿?」
「王を! あの男に対して、どうお考えでいらっしゃいましょうか?」
ユルゲンが拳を固く握り締めながら、ローザリンデに問うた。
混乱が収まらないままだからこその発言ではなかろうか。
「ユルゲン!」
ヴァレンティーンが咄嗟に名を呼ぶ。
暴言を吐いた幼馴染みを、守るために咎める声だった。
「大丈夫ですわ、ティーン。貴方も聞きたかったのでしょう? 全員で機会を見極めて聞きたかった質問の一つではなくて?」
「リンデ……」
「ふふふ。いいのよ。気分を害してもいないし、この場は無礼講。率直に尋ねられた方が答えやすいわ」
ローザリンデが艶然と微笑む。
貴族令嬢の極みに立つ微笑、そう表現するのに相応しい毒を孕んだ表情だ。
「あれだけのことをされても、ハーゲンに対して情はありますのよ。でも正直に申し上げまして、以後恋着できる自信はございませんし、愛着も微妙……王妃としての務めは全ういたしますけれど、御子は側室様方にお願いしようかとも、考えておりますの」
「あー、まぁー、無理ないか……でも、そこまで薄い情ならローザリンデ様が王になった方が良さげな気がするけど?」
「アス! 貴様と来た日には!」
「あらあら、落ち着いてくださいませ、ティーン。それも考えましたけれど、ほら、王様稼業って面倒でございましょう?」
あまりにあけすけな物言いに、ヴァレンティーンとユルゲンが絶句している。
クサーヴァーは感心している表情。
エリスは楽しそうで、イェレミアスは我が意を得た! と満面の笑みを浮かべていた。