テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
三重県。先に謝ります。アホみたいに長い上、妄言まみれでうるさいです。
まず第一に、語りたいところが多すぎるんですよ…。津藩と藤堂家、鳥羽と九鬼家、桑名藩あたりは語りたいですね。見てわかるだろう、長いと。
津藩関係から消化していきますか。まず、津市です。かつての安濃津藩で、藤堂家が藩主家です。今は三重県の県庁所在地ですね。藤堂家といえば、藤堂高虎が有名だと思います。私としては好きな人なんですが、気持ち複雑です。理由は追々話します。
個人的に津には自分に絶対的な自信を持ってて欲しいんですよね。東海で一番最初に市政執行した個でもありますし、ちゃんとリーダー味が強いといいです。でもこの個って施行時特例でも中核市でもないんですよね。あくまで計量特定市。それがびっくり。君人口20万人以上にいるよね???
幕末に裏切りとか散々なことを言われているけど、吹っ切れてて欲しいと思います。
四日市との関係は互いに微妙な距離感を保ってて欲しい。頼るとかはしなさそう…。あくまで同県だから関わってる、そんな関係。後述するある市とは弊環境において一番険悪かも知れない。人間同士は歩みよってるのに、精霊たちは関係改善の兆しも見えない。
津藩関係その2、名張市。歴史的には津藩藤堂家の分家である名張藤堂家が治めていた場所。でも、きっと名張は津藩関係に入れられることが嫌だと思う。そう思った上で私は津藩関係にぶち込んだ。ごめん。そして数少ない私が行ったことのある推し市です。
弊環境では津と険悪な市。理由は簡単、名張が津藩から独立した藩になろうとしたから。それ以前からギスってはいたけど、それが決定的な決別です。…たぶん。
この件を話そうとすると、まず名張藤堂家が誕生した理由を話さなきゃいけないんですよね。名張藤堂家は高虎の養子の藤堂高吉という方から始まるんですが、その方は養子とあるように高虎の子供じゃないんです。高吉は織田信長の家臣の丹羽長秀の三男で、最初に豊臣秀長の養子かつ後継ぎになりました。しかし、秀吉の命令で後継ぎを外され、養子縁組を解消されました。その時高虎が秀長に願い出て、秀長の家臣だった藤堂高虎の養子に。その当時、高虎には子供がいなかったので養子になった高吉が後継ぎだったんですよね。結局、高虎の実子が生まれて高吉は豊臣家の時同様、後継ぎから外されるんですが。
その結果、藤堂家の家臣という身分になった人です。あまりにも散々すぎて私は人生ジェットコースターって呼んでます。こんなジェットコースターには乗りたくない。
そんな話は置いておいて、高吉が最終的に治めたのが名張でした。その前は今治にいましたが、とある事件(拝志事件)を起こして蟄居したのち、名張に移動という感じです。
個人的に、藤堂本家はかなり高吉の扱いに頭を悩ませているのが辛い…。本当に、時と場合によっては高吉の代で独立できてたかも知れないのが余計に辛いです。その結果爆発したのが大体100年後の18世紀。初代・高吉の実家である二本松藩の丹羽家と通じて独立を図りました。が、本家である津藩にバレてしまう事件が発生。一触即発の事態に発展。結局、家臣3人が主君は関係ないということにして、その3人の死で丸く治りました。どこも丸くねぇよ。刺々しいわ。
名張と津が仲が悪い話でした。人間側は歩み寄り始めたのに、やっぱり精霊はこの遺恨を引きずってるといいですね。名張が大阪や奈良に近寄ってるのが本当に好きです。意地でも東海に行かないという意思を感じられる。正直、三重県全体としては東海のイメージなんですが、名張と伊賀の2個体、かつての伊賀国は関西なんじゃないかな〜って思ってます。
個人的に、名張は大和郡山とも二本松とも仲良くしてて欲しいです。
あと、名張にもう一度行かせてください、お願いします、今度こそ高吉様にお参りに行きたいんです、もう日和ません、私は強くなった!
残り2個の津藩関係。久居と上野です。どちらも現在は消滅している土地精霊です。津藩の支藩である久居藩と津城の支城である(伊賀)上野城の精霊たちです。上野も久居も、市として平成の大合併まで生き続けた個なのでご紹介を。上野は現在の伊賀市の大元の個です。平成の大合併で周囲の町村を巻き込んで伊賀市を形成しました。その際に消滅しています。そのため、伊賀市は現在完全に新しい土地精霊が担当してます。だから、名張は伊賀市には心を開いてるといい(津藩関係の個じゃないから)…という妄言を挟みます。
久居は平成の大合併で津市に合併されました。久居としてはかつての主に合併される万々歳…かと思いきやちゃんと生に執着して欲しいっていう私の本能がそう叫んでる。今はいない個には何を言ってもいいって思ってんのかこの人。
ようやく次に行けますね。鳥羽市。かつての鳥羽藩でもありますね。藩主家が転々とした個なので一つの家に絞ると、やっぱり九鬼家ですね。海ですよ!!!
九鬼といえば、やっぱり信長が使った水軍というイメージが強いです。彼自身は九鬼家が海にいた時代はほんの少ししか知らないと思うのですが、その少しの時間でも海というところが如何に自由で残酷であるかを知って欲しいです。
九鬼家が鳥羽藩から去る理由になったのも、家中分裂なので、ちゃんと傷ついてて欲しいです。海に出る資格が一番あるんですが、きっと彼は海を嫌うと思います。彼らを思い出しちゃうからね。なんかこう、今治やら尾道やらの瀬戸内組との考え方の違いというかが結構際立たせたいなぁって思って設定してたりします。
海に肯定的な感情のある瀬戸内組と、海にあまりいい感情がない鳥羽やら鎮守府組やら。
その後の鳥羽藩は藩主家が幾つか変わったのち、下野烏山から来たお家で幕末まで安定したはずです。
続いて桑名。単刀直入ですが、松平定敬と共に函館まで行ってくれ。頼むから。歴史柄幕末で暴れてる個だし、藩主様がご兄弟なので是非とも会津と仲良くしてほしいなぁって思ったり。
…そういや、弊環境は新政府側の個、メインとなった薩長どっちも消えてんだよなぁ…。薩摩国は生きてても、当事者の藩が消えちゃったし…。
幕末の桑名って、暴れたと同時に不安定だったと思うので桑名はいつ消えるかもわからない、できる限り藩主のそばに居て欲しいと思ったんですよね。そのため、桑名が無血開城した時にいずれ消える命、と考えて定敬が居る江戸(或いは柏崎)に向かって欲しいと思いました。桑名のこの覚悟を決める時は必ず、一番最初の桑名藩藩主である本多忠勝を参考にしてると思います。
少しばかり、ニンゲンに憧れていて欲しいです。精霊でも土地でも藩でもなくて、ちゃんとヒトとして見て欲しい願望があったりしないかな。桑名はそういう個だと嬉しいです。
長くなりしたが三重県語り、終了とさせていただきます。感情のままに書いていたら5000字とか言われてしまい、流石にこれはマズイ…ということで少し整理して半分の2500字程度に抑えることに成功しました。
私は今の伊賀市と名張の2個体がめっさ好きなんです。また行かせてね。大好きだよ。