【タイトル】
命替人
一人殺せば一人生き返る。死んだ人間を生き返らせるために同じ歳の人間を一人殺す。彼は神か悪魔か……。
「息子を生き返らせてください! お金ならいくらでも払います。お願いします!」「あんた勘違いしてる」「?」「命は金では買えない。――命は命でしか取り戻せない」
〈主要登場人物〉
惣吾郎(21歳) 死人を生き返らせる能力を持つ命替人(たまがえにん)一族の末裔。惣五郎自身も一度死んだが、親友の犠牲(命替)により生き返った。普段は下駄職人として働いている。口数は少ないが誰よりも情が深い。
小 菊(19歳) 惣五郎の幼馴染で普段は下駄屋の店番をしている。命替の依頼人を連れてきたりもする。勝ち気でしっかりもの。
小菊の兄(享年15歳) 命替術師の一人だったが、惣五郎を生き返らせるために自ら替え命(かえだま=生贄)になった。小菊も惣五郎も百戻り(ひゃくもどり)をして彼を蘇らせたいと思っている。(百戻り=100人命替をするとそれまで替え命で死んだ人間が生き返るとされている)
第一話脚本
王族の墓地に雷鳴が響き渡りる。幼き王子の遺体が祭壇に横たえられている。死を悼む家族や多くの家臣ら。遺体の横に、黒頭巾をした命替人がいる。N 「――命替人(たまがえにん)とは、死んだ人間を生き返らせる能力を持つ者」目隠しをされた生け贄の子供が怯えている。子 供「……」N 「同じ年齢の子を殺し、その命を死者の躯に移す」命替人が生贄の胸を短刀で突き刺す。子 供「!」傷口から吹き出る血を掌で受け止める命替人。すると球状に丸くなる血――まるで命そのものの ような神々しさ。その球体をこんどは遺体の胸に静かに沈めていく。するとパチリと目を開ける遺体、そのまま起き上がる。N 「彼らは〝命に触(さわ)れる〟のだ」 泣きながら生き返った王子に抱きつき狂喜する父。父 「息子よおおおおお!」 王子は事情がわからずキョトンとしている。 それを見ている黒頭巾の命替師。N 「命替人は有史以来、世界各地に存在した。――源義経が死んだ後、大陸に渡りチンギスハンになったとか、処刑されたはずのジャンヌダルクが二人の子供を産んだとか、すべて彼らによるもの」
江戸の町並みN 「そして彼らの末裔はこの江戸の世にもいた……」下町の目抜き通り。 天気もよく人が多い。歩いていた幼い少女が下駄の鼻緒が切れてしゃが みこむ。ちょうど歩いてきたヤクザ風の男が、気づかず少女の足を踏んでしまう。少 女「いたあああい!」大声で泣き出す少女。男 「うるせえな!」少女の踏まれた足はパンパンに腫上がっている。骨折だ。男 「こんなところにいるほうが悪いだろ! どけ!」と泣いている少女を突き飛ばす。さらに大声で泣く少女。ちょうど居合わせた主人公の惣吾郎と小菊。惣吾郎「……」惣吾郎は気づかれないよう少女の腫上がった足に触れる。黒いモヤのようなものが手に吸い込まれる。こんどは素早くそのモヤをヤクザ男の足につける。すると男が痛がる。男 「いてえええ!」男の足が腫れ上がりのたうち回る。少女は足から腫れが消えキョトンとしている。惣吾郎が骨折を移し替えたのだ。命替師には命だけでなく怪我や病も移し替える能力があるようだ。惣吾郎に小言を言う小菊。小 菊「ちょっと、こんな人ごみで力使わないでよ」構わず少女の下駄を見てやる惣吾郎。惣吾郎「……鼻緒が切れてるな」少 女「?」
通りのはずれにある小さな下駄屋。店先で惣吾郎が先ほどの少女の下駄を直している。惣吾郎は普段ここで下駄職人として働いている。小菊もここの手伝い。二人だけで切り盛りしている。派手な鼻緒に付け替えてやった惣吾郎。惣吾郎「直ったぞ」少 女「うわあ、かわいい! ありがとう!」礼を言って帰っていく少女。またしても小言を言う小菊。小 菊「あんな高価な鼻緒つけてやることないでしょ」口数が少なく不愛想な惣吾郎だが、貧しい客にはいつも採算度外視。大して儲からない店のやりくりを任されている小菊は気が気でない。道具を片付け始める惣吾郎。そのとき惣吾郎の視界に男の足が。店には不釣合いな高級そうな履物に白足袋。惣吾郎「?……」目線を上げると、そこには江戸でも有名な着物問屋、小松屋の店主小松宗久がいた。なにやら思いつめた表情の宗久。妻の珠緒も一緒だ。宗 久「惣吾郎さんですね」惣吾郎「……へえ」いきなり切り出す宗久。宗 久「お願いします! 息子を、長英を生き返らせてください!」惣吾郎「……」どうやら命替師の噂を聞いてきたようだ。慌ててごまかす小菊。小 菊「なんの話です」だが小菊を払いのけ惣五郎に迫る宗久。宗 久「お願いします! 息子は殺されたんです!」(回想)三日前のこと――。息子の長英(12歳)が習い事からの帰り道。近所の子供が苛められている場に出くわす。一人を数人がかりで殴りつけている。ほっておけない長英は止めに入る。長 英「やめないか!」と主犯格の少年を突き飛ばす長英。倒れた少年がムッとしてにらみ返す。そして懐から短刀を取り出しニヤリとする。(回想終わり)涙をこらえながらようやく語り終えた宗久。珠 緒「正義感が強いばかりに……」思わず同情する小菊。小 菊「とんだとばっちりね」宗 久「あの子が死ぬ理由なんてないんです! このままじゃ無駄死にじゃないですか!」懐から出した和紙に包んだ小判、五十両を台の上に置く宗久。宗 久「お金ならいくらでも払います! お願いします!」惣吾郎「――あんた勘違いしてる」宗 久「?」惣吾郎「命は金では買えない。――命は命でしか取り戻せない」宗 久「!……」呆然と立ち尽くす宗久と珠緒。
立派な店構えの老舗問屋小松屋。江戸で有数の着物問屋である。その奥の仏間に真新しい位牌が。息子長英のものだ。宗久はそれを見つめて下駄屋での惣吾郎とのやりとりを思い出している。 (回想)小菊に依頼料の小判を突き返されたのちも、食い下がった宗久。宗 久「どうしても引き受けていただけないのでしょうか」すると渋々小菊が助言をしてくれた。小 菊「替え命(かえだま)が用意できたらもう一度来てみてください」宗 久「替え命?」小 菊「死んだ息子さんと同じ歳の子供です。その子の命を息子さんに移します」宗 久「!……そんな無茶苦茶な」奥で作業をしていた惣吾郎が、背を向けたまま言う。惣吾郎「死人を生き返らせるなんて、それぐらい無茶苦茶で身勝手な話だ」宗 久「!……」惣五郎「わかったら帰りな」(回想終わり・元の仏間)あまりにも無茶な条件だ。できるわけがない。そんなことをぼんやり考えていると、襖の向こうから奉公人の茜の声がする。茜 「旦那様」宗 久「ああ」襖が開いて茜(12歳)が入ってくる。両目を閉じたまま足取りがふらついている茜。盲目のようだ。正座する茜。茜 「坊っちゃんの葬儀も終わりましたので……」宗 久「……」茜 「長い間、お世話になりました」深々と頭を下げる。宗 久「これからどうするんだ?」茜 「……」宗 久「決めてないのか?」ふと魔が差す宗久。
惣吾郎の下駄屋。奥の部屋――下駄の材料になる木材や鼻緒の倉庫のようになっている。なぜか手彫りの仏像も多くある。宗久が小菊を連れてきている。話を聞いている惣五郎と小菊。どうやら茜は替え命になることを引き受けたようだ。小菊が茜の意思を確かめる。小 菊「どういうことかわかってるの? あなた死ぬんだよ? ほんとに死んでもいいの?」こくりとうなずく茜。茜 「私なんかの命で坊っちゃんが生き返るなら」惣吾郎は少し離れた場所で腕組みして聞いている。茜 「坊っちゃんのお陰なんです。こんな私が今まで生きてこられたのは。奉公にきてすぐ目の病になってしまって、掃除も洗濯もできなくて、追い出されそうになったとき……」当時のことを語り始める茜。(回想)視力が弱った茜(当時8歳)は料理の皿を落とし、畳を汚してしまった。宗久や年上の女中たちが困惑顔で見ている。茜 「すみません!」深々と頭を下げている茜。宗久は心を鬼にして言う。宗 久「少し様子を見ようと思ったが、やっぱりその目じゃ無理かもしれないな」茜 「!……」そのとき背後から長英(当時8歳)がくる。長 英「父上、茜を僕にください。僕の身の回りの世話をしてもらいます。だからここにおいてあげて」茜 「坊っちゃん」それから3年後、さらにこんなこともあった。成長した茜(当時11歳)に裁縫を教えている長英(当時11歳)。完全に視力を失った茜でもなんとかできた。茜 「できました!」手拭いが完成した。長英も嬉しそう。長 英「僕には夢があるんだ」茜 「?」長 英「この店をもっともっと大きくして、貧しい子供たちを雇う。そういう子たちに仕事を作ってあげたいんだ。そんな夢を見つけられたのは茜のおかげなんだよ」茜 「坊っちゃん……」(回想終わり)二人の思い出を語り終わり、改めて長英への想いに高ぶる茜。茜 「坊っちゃんは死んじゃいけない人なんです! 私みたいになんの役にも立たない人間の命で生き返るなら喜んで使ってください!」泣いている宗久。どうする?という目で惣吾郎を見る小菊。惣吾郎が腰を上げ、茜の前にくる。惣吾郎「命替は明後日の夜だ」茜を替え命(かえだま)として認めたようだ。こんどは宗久に言う惣吾郎。惣吾郎「替え命が持ってる病は全部移っちまう。あんたの息子は生き返っても目が見えないが、それでもかまわないか?」一瞬考えるが、命には代えられない。宗 久「ええ」これで決まりだ。惣吾郎は茜に聞く。惣吾郎「何かしておきたいことはないか?」小菊は「出た、いつもの悪い癖」と渋い顔をする。小 菊「余計なことをすると情がうつって仕事がしにくくなるよ」だが聞かない惣吾郎、茜に、惣吾郎「明後日には死ぬんだ。最後にやりたいことがあったら今のうちに言いな」茜 「……」
山間の村。谷あいの狭い土地に田んぼが続く。あぜ道を歩いてきた惣吾郎と茜。惣吾郎「ここがお前の故郷か」深呼吸する茜。茜 「懐かしい臭い――。もうすぐ稲刈りの時期ね」だが凶作で田んぼの稲穂は枯れている。茜 「今年は豊作ですか?」なんと言えばいいのか答えに窮する惣吾郎。田んぼで作業していた雪乃(10歳)が茜に気づく。雪 乃「……姉ちゃん?」茜 「その声は……」雪 乃「姉ちゃん!!」と田んぼから出てきて抱きつく。茜 「雪乃?……雪乃なの?」と顔を触る。そのとき初めて茜が盲目だと知る雪乃、雪 乃「姉ちゃん……」 貧しく狭い農家。お茶を出す雪乃。囲炉裏の前に座っている茜と惣吾郎。茜 「旦那様がね、たまには親に顔を見せてこいっていってくれたの。――おとっつぁんは?」父親の竹造は布団で眠っている。肺の病のようだ。雪 乃「ちっともよくならないの。もう一人じゃ起き上がれない」茜 「そう」幼い弟たち(一郎、二郎、三郎、四郎)が部屋の隅で緊張して茜を見ている。雪 乃「姉ちゃん見るの久しぶりだから恥ずかしいんだよ。ほら、こっちきな」と三郎に手招きする。だが慌てて一郎の背中に隠れる三郎。雪乃は見慣れぬ惣吾郎のことが気になっている。雪 乃「あの人は誰なの?」茜 「奉公人仲間の惣吾郎さん。私、見えないから、道に迷わないようにってついてきてくれたの」雪 乃「そうなんだ」いつのまにか惣吾郎は子供たちの草履を修理している。それが物珍しいのか、弟たちが惣吾郎に群がる。二 郎「すげえ」一 郎「ねえ、俺の草履も直して!」三 郎「俺のも!」茜が雪乃に気になっていたことを聞く。茜 「……それより、さっき抱きついたとき、あんたすごく痩せてたけど、ちゃんと食べてる?」雪 乃「……」そういえば弟たちも皆、痩せている。雪 乃「大丈夫、ちゃんと食べてるから」と強がる雪乃。そんな姉妹の会話を目を閉じたまま床で聞いている父の竹造。
そのころ江戸の下駄屋。すっかり夜になっている。奥の部屋にいる小菊。手彫りの仏像がいくつか並んでいる。その中央に一際、古くて黒光りしている仏像が。小菊がそれを愛おしげに布で拭いている。そのとき、ドンドンと戸を叩く音が。小 菊「誰? こんな時間に……」身構える小菊。店の戸を恐る恐る開けると宗久がいた。店の若い衆を引き連れて縄で縛った少年を小菊の前に突き出す宗久。宗 久「替え命(かえだま)を、こいつに代えてもらえませんか」小 菊「……」宗 久「息子の長英を刺したのはこいつなんです。懸賞金をかけたら、捕まったんです。息子と同じ12歳です」小 菊「……(困惑顔)」× × ×店の奥で宗久を説得する小菊。小 菊「命替は敵討ちとは違います。そういうのを引き受ける命替師もいますが、惣吾郎は嫌がるんです。もしさっきの彼を替え命にしたら、彼の遺族がまた命替を依頼してくるかもしれません。憎しみの連鎖になりますから」宗 久「……そうですか」がっかりする宗久。宗 久「正直わからなくなったんです。こんなことして息子は喜ぶだろうかって。息子を生き返らせるために、茜を殺すなんて。命は対等なはずです。茜よりも長英のほうが生きる価値があるなんてことは……」小 菊「それは誰にも決められません。だからこそ替え命(かえだま)本人の意思が大切なんです。茜ちゃんが望むなら、それはきっと意味のあることなんです」宗 久「……」手彫りの仏像たちが並んでいる。宗 久「彼はどうしてこんな仕事を……辛くないんですか?」小 菊「彼も命替(たまがえ)で生き返ったんです」宗 久「!」一際古い手彫りの仏像がある。それを撫でながら憎しみのこもった目でつぶやくように言う小菊。小 菊「替え命(かえだま)になったのは、私の兄でした」言葉を失う宗久。小 菊「惣五郎はこの仕事を続けるしかないんです。答えを見つけるために」宗 久「?」小 菊「……なぜ彼らが存在するのか……」
茜の実家。深夜となり皆、囲炉裏の横で寝静まっている。病床の父竹造も眠っている。その枕元に来た茜。ゆっくり膝をつき、布団をめくる。そして中に入る。添い寝するかたちになった。茜 「……」惣吾郎の下駄屋での会話を思い出す茜。(回想)惣吾郎「明後日には死ぬんだ。最後にやりたいことがあったら今のうちに言いな」ぶっきらぼうだが、どこか温かい惣吾郎の言葉。こういうときだけはしっかり相手の目を見て言う。そんな目に促されるように本心がポロリと出る茜。茜 「……おとっつぁんと同じ布団で寝たい」惣吾郎「……」茜 「私は奉公に出るまで毎晩、おとっつぁんの布団で寝てたんです。おとっつぁんは大きくて優しくて、一緒に寝ると、どんな雪の日でも暖かかった」(回想終わり)昔を思い出しながら竹造の横で添い寝している茜。幸せな父と娘の夜。茜 「あったかい……」茜のまぶたから涙がこぼれる。× × ×ゆっくりと起き上がる茜。竹造の首元まで布団をかけてやり、離れる。既に惣吾郎が戸の前で待っている。夜のうちに立ち去るつもりだ。これで気が済んだかと言いたげな惣吾郎。気配に気づく茜。茜 「……行きましょう」 家の前に出てきた惣吾郎と茜。未練を残さぬよう歩き初める茜。すると竹造が寝巻きのまま追いかけてきた。竹 造「茜!」病で足取りもおぼつかない。転ぶ。茜 「おとっつぁん!」と駆け寄る。だが茜も見えないので転ぶ。二人が膝をついたまま手を取り合う。茜 「おとっつぁん!」懐からなにやら取り出し見せる竹造。竹 造「なんだこれは!?」小判の束だ。竹 造「枕もとに置いてあった。奉公で稼げる金じゃねえ!」惣吾郎も知らなかったので茜を見る。茜 「旦那様にいただいたんです」察する惣吾郎。惣吾郎「じゃあ、最初から金で替え命を引き受けたのか?」それには答えず、竹造を説得する茜。茜 「おとっつぁん、このお金で薬買って! 弟たちにもお腹いっぱいご飯食べさせて!」だが小判を道に投げつける竹造。竹 造「こんなものいらん! 帰ってこい!」茜 「……」こんどは惣吾郎にすがりつく竹造。竹 造「なあ、助けてくれ! 娘をどうする気だ! なあ!」惣吾郎「……」茜が惣吾郎の手を引く。茜 「行きましょう」躊躇する惣吾郎だが茜の力が強くそのまま歩き出す。置いていかれる竹造。竹 造「茜! 行くな!」茜、断腸の思いで遠ざかる。竹 造「茜ええええええ!」どんどん早足で遠ざかっていく茜と惣吾郎。
村はずれの丘まで来た茜と惣吾郎。一息つく。村が見渡せる場所。秋の澄んだ空気。遠くまで星が見える。もう一度念を押す惣吾郎。惣吾郎「ほんとに後悔しないのか?」強くうなずく茜。茜 「これで皆が生きていける。私にこれ以上の親孝行はできないから」惣吾郎「……」茜 「正直、怖くないっていったら嘘になるけど」そんな茜を励まそうとする惣吾郎。惣五郎「――俺は命に触れるんだ」と自分の右手を見つめる。茜 「?」惣五郎「不思議なもんで、命ってのはみんな違う。感触も大きさも」茜 「……」惣五郎「あんたの命は誰の体に入っても――あんたの命だ」その言葉が茜にとって救いとなる。閉じたままのまぶたから涙がこぼれる。惣五郎が、そっと茜のまぶたに手を置く。黒いモヤのようなものを吸い取る。次にそのモヤを自分のまぶたに移す。茜 「あ」目が見えるようになった茜。一時的に、目の病を移動させたのだ。惣吾郎「最後に、故郷の村を目に焼きつけておくんだ」茜 「惣吾郎さん……」月明かりでふるさとの村が見渡せる。五年ぶりに見たふるさと。涙がさらにあふれる。茜 「さよなら……」別れは済んだ。惣吾郎が再び茜の瞼に触れ、病を元に戻す。
いよいよ命替当日の夜。江戸の街にある墓地。真新しい卒塔婆に小松長英の名が。宗久と妻の珠緒、小菊が待っている。そこに村から戻った惣吾郎と茜が合流した。小菊が惣吾郎の様子を見て察する。小 菊「その様子だと、すっかり情が移ったって感じね」だが強がる惣吾郎。惣吾郎「……関係ない。俺は依頼人がいて替え命(かえだま)が揃っていれば仕事をする。それだけだ」× × ×いよいよ命替が始まる。墓の前に一歩出る茜。小菊が茜に目隠しをする。盲目なので意味がないが、決まりごとのようだ。細い短刀を取り出す惣吾郎。惣吾郎「では、お前の命を小松長英の屍に移す」そう言った後、その短刀を宗久に渡す惣吾郎。受け取り驚く宗久。宗 久「私が殺すのか!?」惣吾郎「息子に会いたいんだろ? 茜は命を差し出すんだ。自分だけ高みの見物だとでも思ったのか?」宗 久「……」躊躇する宗久。息子のためとはいえ、茜の命を自分の手で奪うなどできるわけがない。惣吾郎「その程度の思いなのか? 息子を生き返らせたいっていうのは」宗 久「……」茜 「いいんです旦那様。私は長英さんの中で生き返るんです。そして多くの人の役に立つ、そんな人間になるんです」宗 久「茜……」泣き崩れる宗久。やはりできない。息子のためとはいえ茜を殺すなど。すると、横にいた妻の珠緒が短刀を奪い、躊躇なく茜を刺す。珠 緒「長英に会わせてええええ!」息子への想いが強すぎて一線を越える母。惣吾郎「!」小 菊「!」宗 久「!」傷口から血が出る。咄嗟のことで動揺した惣吾郎だが、すぐに命替を進める。茜の血を掌で受ける。念を込めると血が手毬ほどの大きさの球体になる。惣吾郎「フン!」次にその球体を卒塔婆の根元の土に押し込む。地面に沈んでいく血球。すると、地面が盛り上がり、ぼこっと手が出る。長英の手だ。命が茜から長英に移ったのだ。そのまま土の中から出てくる長英。珠 緒「長英! 長英なのね!」抱きつく珠緒。信じられない宗久だが、徐々に嬉しさが込みあがる。宗 久「長英!」と抱きつく。長英は何が起こったのかわからずキョトンとして いる。そんな長英に言う惣吾郎。惣吾郎「その命はお前一人のものじゃない。そのことを忘れるな」長 英「……」 茜の屍はどこか満足げに横たわっている。 深々と頭を下げる宗久。惣吾郎は黙って茜の遺体を抱え去っていく。宗久がそれを見送りながら小菊に聞く。宗 久「あの遺体はどうするんですか?」小 菊「替え命の遺体はすべてとっておくんです。百戻り(ひゃくもどり)のために」宗 久「百戻り?」小 菊「100人命替(たまがえ)をすれば、それまで犠牲になった替え命(かえだま)たちが全員生き返るって言われてるんです」茜の亡骸を背負って歩く惣五郎。亡骸に語り掛けるように言う。惣五郎「……少しだけ辛抱しろ。すぐに生き返らせてやる。こんど生き返るときは目の病は治ってるからな」離れていく惣五郎の背中を見ている小菊と宗久。小 菊「百戻りのときは、誰もが100歳まで生きる健康な体で生き返るって言われているんです」宗 久「言われてるって?」小 菊「未だかつて100回も命替をした命替人はいないんです。命替は彼らにとってもかなりの負担なんです」茜の亡骸を背負って歩く惣五郎。
数日後またいつもの日常に戻っている惣吾郎と小菊。今日も下駄屋には客は少ない。奥の部屋のいくつかある手彫りの仏像。まだ100体にはほど遠い。そこに真新しい仏像が加わっている。茜の分だ。遺体はこの仏像の中に保管してある。 店先では惣吾郎がノミを使って下駄を作っている。小菊も手伝っている。そこに履物もない貧しい娘(15歳)がくる。惣吾郎「どうした?」娘 「……私を殺して、双子の妹を生き返らせてください!」惣吾郎「!……」次の依頼人がきたようだ。つづく
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コンテストふぁいとです!!🫶🏻🔥