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月曜日 新しい職場に行き、雑炊屋と焼肉屋とスープ屋に行き
火曜日 ひとりで雑炊屋に行き
水曜日 ふたりで雑炊屋に行き
木曜日 焼肉屋は何故、ランチをやらないのかと錆人がケチをつけ
金曜日 昼にスープ屋に行って、錆人と二人、姉のもとから独立したい船木の話を聞いた
土曜日 なぜか錆人に服を買ってもらい
日曜日 今、錆人の車にその服を着た状態で乗せられ、会ったこともない、じいさんという名の会長のもとに運ばれている――。
どんな一週間……。
錆人の車の助手席は、家具屋さんで座ってみた、バカ高いソファと同じような座り心地だ。
車窓を眺めながら、月花はこの怒涛の一週間を思い返していた。
いや、主に食べ歩いていただけのような気もするのだが――。
三日で真実の愛は見つからないと専務は言っていたが。
一週間経っても、なんにも見つからない。
いや、別に偽装なんだから、なにも見つけなくてもいいのだが……。
この人、なにをどう危篤になってたんだ。
瞬間的に餅を喉につめたが、すぐにとれたとか?
と首をかしげてしまうくらい、じいさんは元気だった。
「君が錆人の花嫁になろうという女性か」
と月花に言ってくる。
じいさんの邸宅のリビングは中庭とボーダレスになっており、より広く感じた。
家の中もガラス張りで巨大な吹き抜けにもなっていて。
1階リビングから2階も広く見渡せる。
程よい日差しがあちこちにあるソファやベンチ、緑などの上に差し込み、広大な邸宅のどの空間も居心地が良さそうだった。
たくさん人がいて、あちこちでくつろいでいるので、パーティーでもあるのかと思ったが。
週末には、こうして、暇な親戚たちがやってきて、広い敷地のあちこちで自由に過ごしているらしい。
観葉植物の前にある大きなテレビを見ているおじさんとおばさんが、
ほう~。
あれが錆人の相手か~、というように、物珍しげにこちらを眺めていた。
「そう。
俺にもいい相手が見つかったから。
紗南のことは認めてやって欲しい」
そう錆人はじいさんに言った。
あれ?
そうか。
従姉さんのためにも、自分は別の人と幸せになるとおじいさんに思わせないといけないということか。
ほんととうに専務って、口調はあれだが、人はいいな、と月花は思う。
じいさんは溜息をついて言った。
「お前たちが幸せになってくれれば、わしはなんでもいい。
もっと若い頃は、一族のこととか、いろいろ考えていたもんだが。
今となっては、みんなが幸せでいてくれればそれでいいと思っておる。
だが、錆人。
大丈夫か。
わしや下請け工場の人たちのために、急遽、花嫁を見繕ってきたりはしていないか」
鋭い眼光で、じいさんは錆人と月花を見据えた。
「大丈夫だ、じいさん」
と錆人は言い切る。
「一目見て、ピンと来たんだ。
こっちが真実の愛だ――!」
彼の人生には嘘しかない。
だが……。
やっぱり、いい人なのかもしれないな、と月花は思った。
「まあ、ゆっくりしていきなさい。
今度、親戚連中が集まってるときにも来るといい」
いや……私の目には、すでに集まっているように見えるのですが。
食事は外でとるからいいと錆人が断ってくれた。
長くいても疲れると思ってのことのようだった。
「じゃあ、私はこれで」
とじいさんは去っていった。
庭の大きな石のテーブルには軽食が常に用意してあるようだった。
「なにか飲んで帰るか?」
と錆人が訊いてくる。
「お飲み物、お持ちしましょうか」
と執事っぽいおじさんが微笑みかけてくる。
「酒、呑んでいいぞ。
運転するの、俺だから」
「いえいえ、ひとりで呑んでも……」
と断り、グレープフルーツジュースをもらう。
「唐人は今日は?」
「お見えになっていらっしゃいません」
錆人と執事とのそんな会話を聞きながら、グラスに口をつける。
ちょっと緊張していたようで、乾いた喉に冷えた酸味のあるジュースが美味しかった。
「唐人は俺の弟なんだ。
この間までは、母と暮らしていた。
今はどうしているのか知らないが」
というちょっと不思議な説明を錆人はする。
金持ちの家、よくわからない。
こんな家がたくさんあるんだろうから、好きな場所に行っては住んでるのかな、と思いながら、外を眺めていると、
「食べ物より、あっちが気になるようだな」
と錆人は月花の視線の先を見て言う。
庭にある白い階段の下にブランコがあったのだ。
「乗るか?
揺らしてやろうか。
あ、子どもたちが来たな。
お前も順番待ちに並べ」
「結構です……」
だが、子どもたちが、きゃっきゃと楽しそうに乗っていて、ちょっとうらやましかった。
それからしばらくは忙しくて、普通に専務の秘書としての仕事をしていた。
少し他の秘書の人とも打ち解け、一緒にスープ屋に行ったりした。
すると、船木が、
「ああ、昼、錆人が来たよ」
と言い、派遣会社の友だちと焼肉屋に行けば、西浦が、
「昨日、錆人が来たぞ」
と言う。
……私より通いつめているようだ。
金曜の夜、錆人に誘われ、焼肉屋に行った。
いや、実際には焼肉屋ではないので。
錆人が食べたいという創作料理のコースを食べた。
個室に西浦が挨拶に来る。
「よう。
この間、お前が紹介してくれた客、あのあと、また来てくれたぞ。
ありがとう」
と錆人に言う。
すっかりお友だちですね、と思いながら、月花はうずらの炭火焼きを食べていた。
黙々と食べていると、西浦が、
「な、月花」
と急に言ったので、慌てて、
「えっ、はいっ」
と適当に返事をしてしまう。
「……お前、今、めちゃくちゃ集中して食ってたな」
「はあ。
美味しいですね、焼肉以外も」
「……当たり前だ。
何度も言うようだが、うちは創作和食の店で、焼肉屋じゃないからな」
錆人がそこで、渋い顔をする。
「ほんとうにいい店だ。
月花が気にいるのもわかる。
西浦は経営手腕も悪くないし。
性格も侠気があっていい。
俺に勝てるものがあるだろうか」
「どうした、錆人。
誉め殺しか。
ワインおごってやろうか」
とそんなに本気にしてない風に西浦は笑って言った。
「何処かにお前の弱点はないのか。
……いや、あったな」
「何処です?」
と月花が訊くと、
「昼、ランチをやってない」
と言う。
「こんなに美味いのに不便だ」
「それは店の弱点で俺の弱点じゃねえだろっ」
「いや、昼ランチやらないのは、人妻と昼下がりの情事をするためかもしれん」
「真顔でなに言ってんだ。
仕込みの時間だよっ。
うちは遅くまでやってんだっ」
ワイン代は自分で払えよっ、と西浦に言われていた。
……すっかり気の置けない付き合いに。
なんだかんだで仲良しだな、と月花は思う。
そのあと、錆人に電話がかかってきた。
錆人は部屋の隅に行って話し出す。
そちらを見ながら西浦が言った。
「錆人はいい奴だが、このままお前が錆人とくっつくのは、ちょっと嫌だな」
「いや……そもそも、偽装なんで」
「船木が言ってたろ。
お前とで、偽装のまま終わるわけない」
いや、そんな買い被りですよ……。
月花は赤くなって俯いた。
「お前が鞠宮たちに連れられて、初めてここに来たとき――。
すごく気に入った。
運命の出会いかな、と勝手に思った。
でも、俺もいい大人で。
中高生じゃないから。
なにか始まりそうで、始まらないのが現実だと知ってはいたんだが。
お前とは、このままになりたくなかった――」
と西浦は月花を見つめる。
「話は聞かせてもらった」
スマホを手にした錆人がすぐ近くに立っていた。
「おっさんの刑事か」
と西浦が言う。
「船木といい、お前といい。
それぞれが月花に思い入れがあるんだな。
お前らと比べて、俺とお前の出会いはドラマ性がないように感じるんだが」
と錆人は言い出す。
いや……、あなた以上はない気がするんですが。
「あ、そういえば、まだ雑炊屋の話は聞いてないな。
雑炊屋になら勝てるかもしれん」
まだ店開いてるか? と錆人は言い出す。
「なんで今すぐ勝とうとするんです」
結構、負けず嫌いですよね~と月花が言って、西浦が笑った。
「なに通いつめてるんですか」
帰りの車で月花は言った。
「いや、最初はお前にプロポーズしている連中を見極めようと思って通ってたんだが。
何処も気に入ってな。
西浦の店なんて、接待にいいぞ。
高級感あるし。
知る人ぞ知る名店って感じで」
まあ、スープ屋さんと雑炊屋さんで接待はないから、そうなるか、と月花は思う。
「来週末、海沿いの別荘に親戚連中が集まるから、お前も暇なら来いとじいさんが言ってたぞ」
「そうですか」
と月花が苦笑いすると、
「嫌なら断る」
と錆人は言う。
「断りたいところなんですけど。
なりゆきとは言え、偽装花嫁を引き受けた感じになってしまっているので。
この仕事のケリがつくまでは、ちゃんとしたいですから。
行きます」
「そうか。
すぐ帰れるようにするから」
そう言いながら、錆人は微妙な顔をしていた。
「どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない」
月花のマンションの前に車が着いたので、
「ありがとうございました」
と月花は頭を下げて降りた。
「じゃあ、……また」
またって、明日も仕事で会いますけどね、と思いながら、また、ぺこりと頭を下げる。