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#極道
鷹槻れん

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#御曹司
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あれから一週間ちょっとが経った。
最初こそ、本社から来た人に自分が仕事を教えるなんて大丈夫かなと思っていた瑠菜だったけれど、そんな心配はすぐに必要なくなった。
「久世さん、二番レジお願いできますか?」
「おう」
声を掛ければ、月禎はすぐにレジへ入る。
会計を待つ客が二人、三人と並び始めたのを見て、瑠菜が声を掛けるより先に自分から動くことも増えた。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
客に対する口調は丁寧なままだけれど、瑠菜に対しては、いつの間にか敬語を使わなくなっていた。
それが不思議と嫌ではない。
レジの操作にも、もう迷いはなかった。
袋が必要だと言われれば、買ったものに合わせて適切な大きさの物を選ぶ。
(ほんと、覚えるのが早いなぁ)
彼の横で会計をしながら、瑠菜は感心した。
レジだけではない。
品出しも検品も、教えたことは一度で覚えてしまう。
気付けば、月禎から質問されることはめっきり少なくなっていた。
本社の人だからもっと現場仕事には疎いと思っていたのに、実際一緒に働いてみれば、月禎は驚くほど周りをよく見ていた。
「ありがとうございました」
月禎が客を送り出す。
ちょうどレジが途切れたところで、彼がふいにこちらを向いた。
「なぁ瑠菜」
「なんですか、久世さん」
「前から思ってたんだけど、その〝久世さん〟っていうの、やめない?」
「え?」
突然何を言い出すのだろう。
瑠菜が目を瞬くと、月禎は何でもないことのように言った。
「久世ってうちの家名だからさ、月禎って呼んで欲しい」
「……え?」
「そっちのほうが落ち着く」
「呼び方変えるのって難しいんですけど」
「言ってればそのうち慣れるさ」
「うわー、暴君」
「今頃分かったのか」
くくっと笑う月禎に、瑠菜は眉を寄せた。
「でも嫌です。呼びにくいですもん」
「なんで?」
「だって……」
名前で呼ぶなんて、妙に馴れ馴れしい気がする。
ただでさえ月禎は、ここ一週間ほどですっかり瑠菜へ敬語を使わなくなった。
そのうえ名前で呼び合うようになってしまったら、まるで恋人――。
(……いや、ないないっ)
自分で考えておいて、何だか落ち着かなくなる。
「とにかく、久世さんでいいと思います」
「俺は嫌」
「我儘言わないでください、久世さん!」
「……」
瑠菜が〝久世さん〟と呼びかけるたび、そっぽを向く。
「……久世さん?」
「月禎」
「久世さん」
「月禎」
「子供ですか!」
思わず声を上げると、月禎が楽しそうに笑った。
絶対に面白がっている。
「試しに一回呼んでみて? それで違和感あったら諦める」
「絶対ですか?」
「……ああ」
怪しい。
ものすごく怪しい。
けれど、このまま押し問答を続けているほうが面倒な気もする。
瑠菜は小さく息を吐いた。
「……月禎さん」
「おう」
即座に返事をされて、なぜか妙に恥ずかしくなった。
「はい。呼びました。じゃあこれからは久世さんで――」
「断る」
「話が違いますよ!?」
「違わねぇよ。……思った以上に良かったし、呼ばれた時、違和感もなかった」
「違和感しかありません!」
「残念ながら、それを決めるのは俺だ」
「嘘つき!」
「嘘はついてない」
月禎が満足そうに笑う。確かに、〝どちらが違和感を覚えるか〟については言及されていなかったのを思い出して、瑠菜は盛大な溜め息をついた。
(この俺様暴君!)
月禎は基本的には礼儀正しくて、仕事ができる人だ。
けれど、瑠菜に対してだけ、妙に意地悪で子供っぽい気がする。
そんなことを思いながら吐息を落とすと同時、店の自動ドアが開いた。
「いらっしゃいませ。――あ、十六夜さん、こんにちは。今日はいつもの、まだありますよー」
「お、ホントか?」
「はい。さっき確認した時は三つ残ってました」
老紳士は嬉しそうに笑って、パン売り場へ向かっていく。
その後ろ姿を見送っていると、隣から声がした。
「いつものって?」
「ああ。『サクッと香ばしい味わいメロンパン』です。十六夜さん、あれお好きなんですけど、夕方に来ると売り切れてることが多いから」
「へえ」
月禎はパン売り場へ目を向けた。店の名に〝ハナザキ〟を冠しているだけあって、この店で扱うパンは、全てハナザキ製パンの商品だ。
少しして、十六夜がビスケット生地を売りにしたメロンパンを二つ手にして戻ってきた。
「あった、あった。今日は孫の分も買って帰るよ」
「よかったです」
会計を済ませ、十六夜を見送る。
彼が店外へ出たのを確認するなり月禎が言った。
「あの人がメロンパン好きなの、覚えてるんだ?」
「そりゃ覚えてますよ。よく来てくれるお客さんですもん」
「他の人も?」
「他の人?」
「誰が何をよく買うとか……そういうの」
聞かれて、瑠菜は首を傾げた。
「まあ、大体は」
何をそんなに不思議そうな顔をするのだろう。
毎日のように顔を合わせていれば、自然と覚える。
輝夜さんは牛乳と六枚切りの食パン。
弓削さんは火曜日に来ることが多くて、特売の卵が目当て。
十六夜さんはメロンパンが好きだけれど、自分一人の時は一つしか買わない。二つ買うのはお孫さんが遊びに来る日だ。
「別に、覚えようと思って覚えてるわけじゃないですよ」
そう言ってから、瑠菜はレジ横に置いてある和菓子の籠へ手を伸ばした。
「あ、そうだ。久世さん」
「月禎」
もう〝久世さん〟では反応するつもりはないらしい。瑠菜は小さく吐息を落とした。
コメント
2件
呼び方、めっちゃこだわるやん(笑)
うわ、呼び方攻防戦、面白かったです! 月禎さんの「月禎」って言わせたい執念と、照れつつも結局呼んじゃう瑠菜さんのやりとりに、思わずにやけました。「違和感を覚えるのはどちらが決めるか」って論点ずらし、ずるいけど可愛い……。それと、常連さんの好みを自然に覚えている瑠菜さんの優しさがじんわり沁みました。2人の距離が少しずつ縮まる感じがたまらないです🕊️