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眠りひめ
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移動中、みんなで乗り込んだエレベーターでいつも通り柔太朗の隣に立とうとして、慌てて一歩離れた。
こんな密室で隣なんて、意識したらもう無理だ。近い。何か、いい匂いするし。
うなじ白っ。
…いや、見るな俺。
不審に思った柔太朗が一歩近付いてくるから、顔を逸らしてまた一歩離れる。
「なんやその磁石のN極同士みたいなん」
笑ってからかう舜太と、
うまいなその例え、やっぱ舜太って頭いいんやな、と冷静に頷く太智を睨んで口を尖らせる。
「うるせえ、色々あるんだよ」
「え、なに?俺、何か変?もしかして臭かったりする?」
柔太朗が袖口を伸ばして自分の服の匂いを嗅ぐのを、もう一歩、二歩とジリジリ離れながら否定する。
「いや、大丈夫、全然大丈夫だから、あの、気にすんな」
「え、悪いんだけど嗅いでよはやちゃん。臭い?俺鼻詰まってる?」
ぴったり距離を詰められて、服の袖を顔の前で振られる。
「うわっ、もう、めっちゃいい匂い!大丈夫!!あーもう!!!」
何を叫んでるんだ俺は。
「勇斗マジでうるさい」
狭いエレベーターでの絶叫に、仁人が耳を抑えて凄む。舜太と太智はお腹を抱えて笑っていた。
⸻
撮影の合間。
次の準備を進めていたスタッフが、当たり前のように言う。
「佐野さん、次、山中さんなんで、楽屋戻ったら呼んでもらっていいですか?」
……終わった。
呼べるなら今こんな状態になってない。
何も言えずに黙っていると、スタッフが困ったように首を傾げる。
「………あの、佐野さん…?」
「いや、呼んだれや!」
「スタッフさん困ってんだろ」
「もお嫌やーーこんな情けないはやちゃん見てられへん!いつものかっこいいはやちゃん返してぇ!!」
スタジオの重いドアを開けて、柔太朗がちょこんと顔を出す。
「あれ、全然呼ばれないから来ちゃったんだけど…何かあった?」
「……あっ、悪い、じゅう、いやあの、順番…」
「重症や。もうアカンわこれ」
⸻
そのあとも、この日だけで同じようなくだりが三回あった。
「これ、」
「ん?」
「いや、何でもない」
「え、なに?今日、何回目よ?」
「…そんなあった?」
「あったよ」
また笑う。
柔太朗は何も気付いていない。
俺だけが勝手に疲れていた。
⸻
「…なあ、はやちゃん」
隣へ来た舜太が、今日は珍しく少しだけ声を落とした。
「ん?」
「最近さ」
何だろうと思って振り向く。
舜太は俺の顔をじっと見て、それから少し考えるように首を傾げた。
「柔太朗の名前、呼ばんくなった?」
その瞬間。
心臓が、どくん、と鳴った。
「…え、」
思わず聞き返す。
「いや、気のせいなんかなぁって思ったんやけど」
舜太は笑いながら続ける。
「前はさ、『柔太朗ー!』って、めっちゃ普通に呼んどったやん」
「…そうだっけ」
「そうやで」
少し間を置いて、舜太がまた言う。
「最近ずっと、『なあ』とか『これ』とかばっかやん。態度も変だし。何かあんなら、相談してや?」
図星だった。
「そんなことないだろ。大丈夫だよ、何もないって」
できるだけ何でもない顔で返す。
けれど、自分でも分かるくらい声が固かった。
舜太は返事をしなかった。
少しだけ目を細めて、
「……ふーん」
それだけ。
笑っているようにも見えるし、何かを考えているようにも見える。
でも、それ以上は聞いてこなかった。
居心地の悪さを感じていると、ちょうど廊下からスタッフに呼ばれて、はーい!といつもの調子で走っていく。
助かった。そう思って小さく息を吐く。そのときだった。
少し離れた場所でスタッフと話していた柔太朗が、こちらを見ていた。
ちょうど目が合う。「どうしたの?」というように、首を傾げる。
そして何も知らないまま、ふわりと笑う。
喉まで上がってきていたその5文字は、今日も結局、声にならなかった。
…呼びたいのに。
ただ好きな人の名前を呼ぶことが、こんなに難しいなんて思わなかった。
コメント
3件
いやもうこれ…胸がぎゅーってなる😭💕 「呼べない名前」ってタイトルが刺さりすぎる…! 勇斗の「近づきたいのに離れちゃう」「呼びたいのに呼べない」って葛藤がリアルすぎて、こっちまでドキドキしちゃったよ…♡ 舜太のツッコミもナイスすぎるし、最後の柔太朗の無邪気な笑顔がまた罪深い…! 好きすぎて名前呼べなくなるの、めっちゃわかる…尊い…!🌸