テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
眠りひめ
292
7,174
1,134
コメント
2件
撮影現場の空気感がとてもリアルで、こっちまで息が詰まりそうでした。特に「名前を呼べなかった」という気づきと、それでも隣にいることが「苦しいだけじゃなく、ちゃんと幸せだと思えた」というラストが沁みます。柔太朗の「がんばれ♡」の口パク、あれで緊張が解けた瞬間が最高でしたね。二人の距離感の変化が丁寧に描かれていて、読んでいて胸がぎゅっとなりました。
今日の仕事は、雑誌の撮影からだった。
新曲が特集されるということもあって、かなり大きくページを割いてくれるらしい。
まずは5人で何パターンか撮影を終え、次は2人ずつお願いします!と、顔馴染みの撮影スタッフが声を上げた。
「塩﨑さんと曽野さん」
「はーい」
「吉田さんは少しお待ちください」
「はい」
「佐野さんと山中さん、あちらにお願いします」
心臓が、嫌な音を立てた。
…よりによって。
「お願いしまーす!」
スタッフに促され、何でもない顔でセットへ向かった。
⸻
白い壁の前に二人並んで立つ。
ライトが当たると、白い衣装を着た柔太朗はいつも以上に透明感があって、思わず見惚れそうになる。
「もう少し近付いてもらえます?」
一歩寄る。
「あと半歩!」
肩が触れそうな距離に、胃がひっくり返りそうになる。
「いいですねー」
よくない。全然よくない!
「じゃあ、お互い体は正面のままで、顔だけ見合わせてくださーい」
……見るのか。こんな近くで。顔を。
ギギ、と音がしそうなくらいぎこちなく、ゆっくり視線を向けると、ぱち、と目が合う。
「ふふ」
先に笑ったのは柔太朗だった。
「なに?」
「いや、」
思い切り笑いたいのを我慢するように、少しだけ肩を揺らして、柔太朗が笑っている。
めちゃくちゃかわいい。本当にどうしちゃったんだろう、俺は。
「はやちゃん、最近ずっと変」
ぎくり、と心臓が跳ねる。
「…そう?」
「うん」
くすくす笑いながら覗き込んでくる。
「さっきもさ、俺のこと呼ぼうとして止まってたよね?」
…見られてた。
「そんなことねぇよ」
「ほんとかなあ」
疑っているというより、面白がっているだけの笑顔だった。
「何かあった?」
まっすぐ聞かれると何も言えなくて、苦し紛れに返す。
「…眠いだけ」
「あーね、」
柔太朗は納得したように笑う。
「最近忙しかったもんね。昨日も遅かったし。ちゃんと寝なよ?」
その一言が、また胸に刺さる。
俺も結局夜中までゲームしてるから人のこと言えないんだけど、と笑う柔太朗は、何も知らない。何も気付いていない。
だからこそ、その優しさが今は苦しい。
⸻
「いいねー!」
シャッターが続く。
「今度はもう少し仲良しな感じいきましょうか!」
カメラマンがモニターを見ながら笑う。
「肩組んだりとか、いつもの空気でお願いしまーす!」
え。思わず固まる。
カタクンダリトカ?カタ?カタってなんだ?いや、肩に決まってる。
どうする。でも仕事だ。
そう思った瞬間、
「失礼しまーす」
柔太朗が先に一歩近付いた。
腰へ、そっと腕が回る。
「これくらい?」
ぐっと引き寄せられて、スタッフへ確認するように笑う。
「そうそう!佐野さんももうちょっと力抜いて!」
カメラマンの声。
「はやちゃん」
「あ、悪い」
ぎこちなく肩に腕を回す。
「緊張してる?」
耳元で、小さく笑われた。
「してねぇよ」
「うそ」
即答だった。
「顔、強張ってるもん」
近すぎるって!
息がかかる距離でそんなこと言わないでほしい。
心臓の音まで聞こてしまいそうで、ほとんど泣きそうになりながら必死に息を整える。
「はい、いいよー!」
シャッターが何枚も切られる。
「じゃあ今度は、お互い顔見合わせて笑って!」
こんな近くで、そんなの絶対無理。今度こそ本当に心臓がとまる。
そう思ったのに、目を合わせてきた柔太朗が、小さく口だけ動かして言った。
「が、ん、ば、れ♡」
思わず吹き出してしまった、その瞬間。
「いいよ!!」
カメラマンが大きな声を上げた。
「今の最高!」
スタジオ中にシャッター音が響く。
⸻
「お疲れー」
撮影を終えてセットを降りる。
「二人で撮るの久しぶりだったね」
柔太朗は満足そうに笑っていた。
「できあがり楽しみだなー」
「……そうだな」
「また表紙やれたらいいね」
「おう」
隣を歩く。
さっきまであれほど近かったのに、今は肩一つ分の距離がある。
それなのに、その距離が少しだけ物足りないと思ってしまった。
歩きながら、ふと気付く。
今日の撮影。
一度も名前は呼べなかった。
呼べなかったのに、隣にいることだけは、少しだけ自然になっていた。
恋を知ってから初めて、
隣にいる時間を、
苦しいだけじゃなく、
ちゃんと幸せだと思えた。