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――大陸の主教であり、主神エイル=サーリを頂く大聖教。
平和と愛を掲げた主教の象徴は、聖女シオン――つまり私は、元々エミリシア王国という小国の公爵令嬢だったが、ゆえあって当代聖女として選ばれた。
「聖女シオン。午後の祈りのお時間です……本日も多くの教徒が、聖女様に会えることを楽しみに大広場に集まっておりますよ」
「そうですか。では、向かいましょうか……足の悪い方や、病に伏している方はどうぞ前へお連れしてください。それと、生まれたばかりの赤子も。私になにかができるわけではありませんが、せめて祈りと祝福をさせていただきたいのです」
あくまで、聖女とは神と民を結びつけるための象徴だ。
私は自分自身が聖女として選ばれる前、父母や妹と共に暮らしていた時からずっとそう考えていた。
自分がその職に選ばれたのも、せいぜい家柄あってのこと。聖女として特別の力があるわけでもなければ、神の御声を直接聞くという奇跡を起こしたわけでもない。
(だからこそ、私に会いに来てくれる皆さんには誠実でいなければ……)
私は聖女に選定された時点で私財をすべて大聖教に寄進し、公爵令嬢としての地位も捨てた。
そして、これから先は祈りを求める人々のため、信仰に生きていく――十代にしてそう決意した後は、ひどく慎まやかな暮らしをしていた。
「皆様、よくお集まりくださいました。本日もいくつかお話をさせていただきますね……。あぁ、その前に……新しく生まれた命に、希望の光がともらんことを」
背に流していた金髪を結い上げ、私は今日も集まった人々のために静謐の祈りを捧げる。
多くの人々の話を聞き、その痛みが少しでも和らぐようにと祈る時間が、私にとってはなによりも愛しかったのだ
――だが、それを快く思わぬ人間たちも、大聖教の中には確かに存在していたのである。
「聖女シオンは、多くの民を惑わし国を傾けた! これは神に対する冒涜、民に対する裏切りである!」
「そ――そんな……!」
いつものように祈りを捧げ、朝餉の時間を終えたある日のこと。
突如、武装した兵士が数人私の元へとなだれこんできたのだ。
「な、なにをするのです! 放しなさいっ……!」
「悪いな、大主教様からのご命令だ――引っ立てろ!」
体格の大きな兵士たちに引きずられるように部屋から出された私は、あれよあれよという間に聖職者を裁くための裁判――神前法廷へと出廷させられた。
聖職者として、神の前で身の潔白を誓う古来からの法廷……だが、ここに連れてこられるのは本来異端者や大逆の罪人など、恐ろしい人々だけだ。
自分がこのような場所に連れてこられるような悪行をした覚えはない。
だというのに、裁判は粛々と、それでいて一方的に進められていった。
「現在エミリシア王国で起きている内乱は、ヴルスラート公爵家が先導して行ったものである。国家に対する反逆は、神に対する反逆に等しい―――」
「お、お待ちください大主教様! そのようなこと、父は決して……わたくしも、神に誓ってそのようなことは行っておりません!」
「貴様のような女狐が神を語るなど、汚らわしいにも程がある! 聖女の資格を剥奪し、獄中に捕えておけ!」
昨日まで優しかった白髭の大主教様が、今は顔を赤くして私を怒鳴りつけている。
一体なにが起こったのか――それが理解できないままに私は有罪を告げられ、質素ではあったが清潔な自室から、黴臭い地下牢へと身柄を移送された。
(なに……何が起こったの……? 反乱? お父様が? そんなはずない……!)
私の父であるヴルスラート公爵は、芸術を愛する温厚な性格の持ち主だ。
王家への忠誠心は高く、教会に対しての信仰心も篤かった。私が聖女に選ばれた時は涙を流して喜び、持っていた荘園の半分を寄進したほど――そんな父が、国家反逆などという大それたことをするはずがない。きっと誰か、悪を持つ人間に嵌められたのだ。
「お、お願いです。話を聞いて……!」
「うるせぇ! とっととここに入ってな、聖女様!」
「そのお綺麗な顔にぶちまけられたくなかったらな!」
「おっ、いいねぇ! 祝福ってか?」
ギャハハ、と下卑た声で悪辣な冗談を述べる兵士たちに引きずられ、私は冷たい地下牢の中に収監された。
昨日まで優しかった兵士の軽蔑するようなまなざしと声音は、きっと忘れることはできないだろう。
頭の中の整理がつかないまま石床の上に座り込むと、そこには朽ちたネズミの死骸が転がっていた。
「ひぃっ……!」
あまりにおぞましい光景に悲鳴を上げても、誰も助けには来てくれない。
情けなさと恐怖で泣きそうになっていると、隣の独房からか細い声が聞こえてきた。
「……お姉さま? ねぇ、お姉さまなの……!?」