涼ちゃんと並んで歩く帰り道は、いつも少しだけ特別に感じる。肩と肩が触れそうで触れない距離。街のざわめきに紛れるように、ふたりの会話は静かに続いていく。
「今日は元貴、あんまり喋らなかったね」
涼ちゃんがふと、そう言った。
俺もなんとなく、それを感じていた。
「うん……ちょっと元気なかったかもな」
言いながら、俺の胸に小さな違和感が広がっていく。
元貴とは、ずっと友達だ。初めて出会ったときから、どこか放っておけない雰囲気を持っていて、だけど誰よりも努力家で、まっすぐで、強い。
だけど、最近の元貴は少しだけ違う気がしていた。
俺たち三人で集まる時間は、相変わらず楽しい。音楽の話をしたり、くだらないことで笑い合ったり。でも――何かが、少しだけズレている。
気のせいだと思いたかった。
でも、涼ちゃんの何気ない一言で、俺の中のその小さな違和感は、はっきりと形になって浮かび上がってきた。
「……なんかさ、元貴ってさ、俺たちに何か隠してると思わない?」
ふいに俺がそう言うと、涼ちゃんは立ち止まった。
柔らかい表情の奥で、何かを考えているような目をしていた。
「……うん。ちょっとだけね。僕も、そんな気がしてた」
涼ちゃんの言葉に、俺の心の奥がざわつく。
何なんだろう、この感じは。
元貴が何を考えてるのか分からないってことに対する不安なのか。
それとも……俺たちの“間”に何か入り込んできてるような、そんな感覚なのか。
その夜、ベッドの上で眠れずにスマホを見つめていた。
グループトークの画面には、涼ちゃんの送った「元貴の歌、やっぱり好きだよ」というメッセージが残っていた。
元貴の返信は「ありがとう」のひとこと。
でも、何となく、そのひとことが重たく感じられた。
「元貴……お前、俺たちのこと、どう思ってるんだろうな」
独り言のように呟いて、俺は目を閉じた。
次の日の放課後、音楽室。
俺たち三人は、また自然に集まっていた。
涼ちゃんが鍵盤を叩き、元貴が歌い出す。
その声に、俺はギターを重ねた。
音が混ざり合って、ひとつになる。
いつもなら、それだけで十分だった。
だけど今は、その中に潜む“感情”を、どうしても感じ取ってしまう。
元貴の歌声は、優しいのにどこか切なくて、俺の胸をぎゅっと締めつけた。
歌詞でもない、メロディでもない。
その奥にある、本人ですら隠しきれない「何か」が、俺の中に押し寄せてくる。
演奏が終わったあと、ふたりは何も言わなかった。
でも俺は、思わず言ってしまった。
「元貴、最近……なんかあったの?」
元貴は少し驚いた顔をして、それからすぐに笑った。
「ううん、大丈夫だよ。ちょっと疲れてるだけ」
そう言って笑う元貴を、俺はそれ以上追及できなかった。
だけど、その笑顔の奥にある無理やりの明るさが、逆に俺の心に引っかかった。
俺は涼ちゃんの手を握ることに、迷いはなかった。
好きだという気持ちに嘘はないし、涼ちゃんも同じ気持ちを返してくれる。
それが、何よりも嬉しくて、幸せだった。
だけど、俺たちの関係の中に、もう一人の気持ちが静かに流れていることに、
俺は、気づかないふりをしていただけなんだと思う。
涼ちゃんと帰る道すがら、俺は少しだけ思い切って言ってみた。
「なあ……もしさ、元貴が俺たちに何か言えないこと抱えてたら、どうする?」
涼ちゃんは、少しだけ眉を寄せて、それでも優しく笑った。
「僕たちが、ちゃんと聞いてあげればいいよ。元貴のこと、ちゃんと見てあげたいから」
その言葉に、俺は心から救われた気がした。
涼ちゃんは、いつもそうやって誰かのことをまっすぐに想える人だ。
だからこそ、俺はそんな涼ちゃんが好きになったんだ。
でも、同時に――
そんな涼ちゃんを、元貴も好きになってしまうのは、きっと自然なことだった。
分かってる。
元貴が何を想ってるのか、まだはっきりとは分からない。
でも、何かがそこにあることだけは、もう否定できなかった。
今までのように、三人でいられたらいい。
だけど、何かが変わってしまう予感がして、胸の奥がざわつく。
俺はただ、二人を大切にしたい。
でも、大切にすればするほど、傷つけてしまうこともあるのかもしれない。
帰り道、涼ちゃんの手を握ったまま、俺は空を見上げた。
夕暮れの空が、まるで僕たちの未来を映すように、にじんで見えた。
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