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放課後の美術室。
窓から差し込む西日が、埃の舞う室内を黄金色に染めていた。
グラウンドからは陸上部の威勢のいい掛け声が遠く響いてくるが、ここでは鉛筆が紙を削る音だけが、心地よいリズムを刻んでいる。
「……ねえ瞬。まだ終わらないの? もう一時間もこうしてるんだけど」
紗良が、モデル台の上で少しだけ体勢を崩しながら言った。
今日の部活動は「人物デッサン」。瞬の希望で、紗良がモデルを務めることになっていた。
「もう少し。……動かないで、紗良。今、光の当たり方がすごく綺麗なんだ」
瞬はスケッチブックから目を離さず、淡々と、けれど迷いのない手つきで鉛筆を動かしている。
普段の穏やかな彼とは違う、制作に向き合う時の鋭い眼差し。紗良はその視線に射抜かれるたび、胸の奥が少しだけ落ち着かなくなるのを感じていた。
「……私の顔、変じゃない? 変なシワとか寄ってない?」
「寄ってないよ。……むしろ、今の君は、僕が知る中で一番いい顔をしてる」
瞬がさらりと答える。
その言葉に、紗良は「っ……、バカじゃないの」と顔を赤くして、慌てて視線を窓の外へと逃がした。
紗良にとって、瞬は同じ美術部で切磋琢磨する、気の置けない仲間だ。
でも、こうして二人きりで静寂の中に身を置いていると、いつもは隠せている「特別な意識」が、絵の具のようにじわりと滲み出してくる。
「……できたよ」
瞬が鉛筆を置いた。
紗良は待ってましたとばかりに台を降り、彼の背後に回り込んでスケッチブックを覗き込む。
そこには、西日に照らされ、どこか遠くを見つめる紗良の姿が、息を呑むほど繊細なタッチで描かれていた。
ただの「友達」として見ているだけでは気づかないような、睫毛の長さや、唇のわずかな曲線までもが、丁寧に写し取られている。
「……何よこれ。実物より三割増しくらいに描いてるじゃない」
「そんなことはないよ。僕の目には、いつもこう見えてるんだ」
瞬は眼鏡の奥の瞳を和らげ、真っ直ぐに紗良を見つめた。
その眼差しには、陸のような派手な「熱」はないけれど、深く、静かに相手を包み込むような「温度」があった。
「……、……フン。まあ、瞬の割には頑張ったほうね。お礼に、帰りにアイス奢ってあげてもいいわよ」
紗良は照れ隠しにそう言って、部室の隅にある水道へと歩き出す。
背中で瞬が「それは楽しみだね」と小さく笑う声が聞こえた。
その頃、グラウンドでは。
陸がくるみ先輩に指導を受け、その熱を帯びた視線に泉が胸を締め付けられ、それを優が苦々しく見つめている。
五人の関係は、同じ放課後の中にありながら、それぞれの場所で、少しずつ形を変えようとしていた。