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「……ちょっとだけ入ってもいい?」
ドアの前に立っていた若井は、
いつもと変わらないような声で言った。
でも、瞳の奥には、どこか緊張があった。
まるで、何かを確かめようとしているような。
俺は無言で、ドアを少し開けた。
抵抗はなかった。
もう、疲れきっていた。
靴を脱いで、そっと部屋に入ってきた若井は、
一瞬、動きを止めた。
部屋は、いつも以上に散らかっていた。
カーテンは閉じっぱなし、
空のペットボトル、食べかけのままのコンビニ弁当、
そして――
テーブルの上、無造作に置かれた睡眠薬の瓶。
若井の視線が、それに留まったのを俺は見た。
瞬間、心臓が締めつけられるような感覚が走った。
すぐに視線を逸らして、
無理に笑おうとしたけど、うまくいかなかった。
「それ……何錠飲んでるの?」
静かに、けれど確かに刺すような声だった。
「……大人の、規定量だよ。ほら、ラベルにも書いてあるし」
笑いながら言った自分の声が、ひどく震えていた。
若井は何も言わずに、薬の瓶に近づいて、
中を覗き込んだ。
「これ……昨日買ったやつじゃん。
もう、半分もないじゃん」
息が止まりそうになった。
「……やっぱり、嘘ついてたんだね」
その一言が、
今まで守ってきた殻を簡単に壊した。
「別に……いいじゃん。
誰にも迷惑かけてない。
俺は、ちゃんとこうやって……自分で保ってるんだから」
声が震える。
胸の奥から、何かがこみ上げてくる。
「やめようとしたんだよ。
ちょっとずつ量も減らしてたし、昨日も……昨日も……」
言い訳を重ねるたびに、
涙が溢れてきた。
「眠れないんだよ。何も考えたくないんだよ。
何がダメなんだよ。
これがないと、生きてられないんだよ……!」
若井は何も言わなかった。
ただ、黙って、近づいてきた。
そして、壊れた俺の肩に手を置いた。
拒絶されると思った。
怒られると思った。
でも、そうじゃなかった。
「……怖かったでしょ」
若井はそう言った。
俺は、それ以上何も言えなかった。
言葉にした瞬間、全部が崩れてしまいそうで。
「助けたいとか、立ち直れとか、
今はそんなこと言わない。
でも……一人で壊れるのだけは、もう見たくないから」
その言葉が、
俺の中の、最後の“自分で立ってなきゃ”という意地を、
ゆっくりとほどいていった。
肩に置かれたその手が、
こんなにもあたたかいなんて、
久しく忘れていた。