「お飲み物はいかがしましょうか? 全て無料でお飲み頂けます。お好きなものを席までお持ちください」
案内してもらった自動販売機にはお金を入れる個所が無く、専用のボタンがあるだけだった。
ボタンを押すだけで好きな飲み物が出てくる。魔法の自動販売機は顧客専用に大栄建設が用意したものらしい。ジュースやコーヒー等がたくさん置いてあるが、食事どきなのでお茶をもらうことにした。
「新藤さんは、なにを飲まれますか? こちらの分と一緒に持って行きますよ」
「ありがとうございます。では、私もお茶をいただきます。律さん、ご配慮ありがとうございます」
新藤さんがはにかんだ。
きゃぁああーっ。カッコイイ!
眼鏡にスーツに爽やか笑顔なんて、最高に萌える~!!
光貴には申し訳ないけれど、私の脳内乙女は一生治らない病気だと思う。心の中で楽しむだけにしておくから許してもらおう。
「あの、新藤さん。お弁当のお支払いはどうしたらいいですか?」
お茶を三本持って席に着き、豪華な仕出し弁当について値段を尋ねてみた。
「律さん、料金は要りませんよ。ご足労いただいておりますお客様から、こちらが勝手に用意した昼食代の請求などできません。気にせずお召し上がり下さい」
「じゃあ、遠慮なくいただきます」
光貴は早速仕出し弁当に手を付けた。美味い、と舌鼓を打って満足している。
「ほんとだ。とても美味しいです」
だし巻き玉子や煮物が絶妙な味付けで美味しかった。
よし。お弁当タイムは親密度を上げるチャンスだ。新藤さんと仲良くなって、眼鏡スーツにキュンキュンして、こっそり脳内チャージしちゃおう。そして帰ったらお気に入りの乙女ゲームをプレイして、爽やかイケメンサラリーマンとラブなエンディングを見よう。夜更かし決定だ。
「新藤さんは、結婚されているのですか?」
昆布巻きを咀嚼しながら光貴が唐突に尋ねた。それ、聞いたらだめなやつ!
もし新藤さんが結婚していたら、どうもならないけれど、超ガッカリしてしまうから。
もう! 一番聞いてはならないことを、一番初めに聞いちゃうなんて!
「いいえ。独身です」
さらりと流れるように新藤さんが答えた。
えーっ! うそ――っ! こんなイケメンがまだ独身なんて、一体どういうこと!?
光貴、よく聞いてくれた、と感謝した。おかげでめっちゃテンション上がってしまった。どうにもならないのに、どうしてこんなに浮かれてしまうのだろうか。
この時なぜか、アイドルが結婚したらファンが減るという法則についてわかった気がした。
「気になる女性がいるんです」新藤さんは、鋭い目線で私の顔を見つめながら言った。「でも、彼女は結婚してしまっていて。本当に残念です」
えっ。どうして私の顔見ながらそんな目で見つめるの!?
いやっ、やめて。ドキドキするから!
なんだか今の台詞って、私に向かって言っているみたいじゃない?
わざと言ってるのかな。私が焦る様子を見て、楽しんでいるのでは……?
きっとそうだ!
思わせぶりな態度を取って、旦那様の横で焦る妻の様子を見て脳内で笑っているに違いない。たまにキツい目をするから、隠れドSなのだ。
新藤さんは大栄の仕事でストレスがすごく溜まっているから、脳内で顧客をイジって愉しんでいるのだろう。旦那の横でイケメンの俺に見つめられたら、その人はがどんな顔をするのかなー、と、悪趣味な観察をしているのだ。新藤さんは正真正銘の隠れドS。そうに違いない!
「へぇ~。新藤さんカッコイイから、今は独身でもすぐお相手見つかるでしょ?」
「それがなかなか。今は仕事が恋人です」
出た! モテる人は謙遜してそう言うのが鉄板に思えた。
「忙しそうですもんね。休みちゃんとありますか?」
「平日は休みがありますが、土日は殆ど休めません」
新藤さん、平日なら休めるんだ――と、黙って二人の会話を聞きながらチェックしてしまう自分がいた。
「光貴さんはお仕事、なにをされていらっしゃるのですか?」
「わー、光貴さんなんて、くすぐったいからやめてください。呼び捨てでいいですよ」
「お客様を呼び捨てにするわけにはいきません」
「まあ……そうですね。それより新藤さんは今、お幾つなのですか?」
「私は今年で三十六歳になります。結婚するなら早くしたいですね。光貴さんが羨ましい。律さんみたいな綺麗な女性と、どうやってお知り合いになったのですか?」
「綺麗なんて、そんな」
新藤さんに褒めて貰って、思わず照れた。
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