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#恋愛
ばたっちゅ
20,092
#誓い
耀聖(ようせい)
381
第112話 これからの約束
翌朝。
琴葉は、いつもより少し早く家を出た。
昨夜、律から届いたメッセージが
頭から離れなかった。
『明日、少し早く来られる?』
何を言われるのだろう。
何か大切な話なのか。
そう考えるたびに、胸が落ち着かなくなる。
駅に着くと、まだ人は少なかった。
朝の空気は少し冷たくて、吐く息が白くなる。
そして、改札の近くに――律がいた。
「おはよう」
「おはよう」
「早かったね」
「律もね」
二人で笑う。
それだけなのに、琴葉の緊張は少しだけ和らいだ。
「それで、話って?」
琴葉が聞くと、律は少し考えてから歩き出した。
「ちょっと、こっち」
向かったのは、
二人が何度も訪れた駅の端にあるベンチだった。
昔、約束を探していたときにも座った場所。
律はベンチに腰を下ろした。
琴葉も隣に座る。
「……ここ、懐かしいね」
「うん」
律は駅のホームを眺めながら言った。
「俺、最近思うんだ」
「何を?」
「昔の俺たちは、約束を守ることばかり考えてたんじゃないかなって」
琴葉は黙って聞いていた。
「忘れないとか」
「うん」
「待つとか」
「うん」
「もう一度ここに来るとか」
律は少し笑う。
「全部、大事だった」
「うん」
「でも、これから先は……昔の約束だけじゃ足りない気がする」
琴葉は律を見る。
「だから、新しい約束をしたい」
その言葉に、琴葉の胸が少しだけ高鳴った。
「どんな?」
律は少しだけ迷ってから言った。
「無理しないこと」
「……それ、昔の約束と似てるね」
「うん。でも今度は、もう少し具体的に」
律は指を一本立てた。
「大丈夫じゃないときは、大丈夫って言わない」
琴葉が笑う。
「それはもうできるよ」
「じゃあ、二つ目」
二本目の指を立てる。
「一人で抱え込まない」
「うん」
そして、三本目。
律は少しだけ琴葉を見る。
「言いたいことがあるなら、ちゃんと言う」
琴葉は、その言葉を聞いて黙った。
今まで何度もできなかったこと。
怖くて言えなかったこと。
嫌われるのが怖くて飲み込んだこと。
それを、これからは少しずつ変えていく。
「……いいね」
琴葉は笑った。
「でも、私からも一つ追加していい?」
「もちろん」
「離れたくなったときも、ちゃんと言う」
律が少し驚いた顔をする。
「離れたくなったとき?」
「うん」
琴葉は駅のホームを見る。
「一人になりたいときって、あると思う。でも、何も言わずに離れたら……またお互いに不安になるから」
律は少し考えた。
そして頷く。
「分かった」
「ちゃんと伝える」
「うん」
二人は顔を見合わせた。
昔の約束は、
忘れてしまった時間を取り戻すためのものだった。
でも今の約束は違う。
これから先、忘れないためではない。
何かあったときに、もう一度話すための約束。
「じゃあ、これで決まりね」
琴葉が笑う。
「うん」
律も笑った。
しばらく二人で駅を眺めていると、
電車がホームへ入ってきた。
朝の駅が、一気に騒がしくなる。
琴葉はその光景を見ながら思った。
昔、この場所で
二人は「また会えるか分からない」と思っていた。
今は違う。
明日も会える。
明後日も。
その先も。
そんな当たり前を、自分たちで選んでいける。
「律」
「ん?」
「この約束、忘れないようにしないとね」
律は少し笑った。
「忘れたら、また思い出せばいい」
琴葉は一瞬、言葉を失った。
それは昔の自分たちなら、
きっと言えなかった言葉だった。
忘れることを怖がっていた。
失うことを怖がっていた。
でも今は。
「……そうだね」
琴葉も笑った。
「何回でも思い出せばいい」
二人は立ち上がった。
そして駅へ向かって歩き出す。
その背中を、朝の光が追いかけていた。
過去の約束は、もう全部叶えた。
だからこれからは――
まだ何も決まっていない未来を、
二人で選んでいく。
コメント
1件
クラリスさん、第112話読み終えました…! 「忘れたら、また思い出せばいい」という律の言葉に、胸がじんわりしました。昔は「忘れないこと」「失わないこと」に必死だった二人が、今度は「話すための約束」を結ぶっていうのが、本当にこの物語の集大成だなって。琴葉から「離れたくなったときもちゃんと言う」って追加するところも、自分の弱さも認めて二人で歩いていく決意が感じられて好きです。 表紙の朝の柔らかい光と、吐く息の白さの対比も素敵でした。素晴らしいお話をありがとうございます🌸