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#恋愛
ばたっちゅ
20,092
#誓い
耀聖(ようせい)
381
第113話 好きという言葉
あの日から、少しだけ時間が経った。
二人の関係は、相変わらずだった。
一緒に帰る。
くだらない話をする。
何かあれば連絡する。
大丈夫じゃない日は、ちゃんと伝える。
外から見れば、きっと何も変わっていない。
けれど――
二人自身は、もう気づいていた。
何かが変わっていることに。
その日の帰り道。
二人はいつものように並んで歩いていた。
「今日、寒いね」
琴葉が言う。
「そうだね」
「手、冷たい」
「じゃあポケット入れれば?」
「そうする」
琴葉が笑う。
そんな何気ない会話をしながら歩いていると、
ふと琴葉が足を止めた。
「……ねえ」
「ん?」
「律」
「うん」
琴葉は少しだけ迷ってから、口を開いた。
「この前、私たちって何なんだろうって話したじゃん」
「したね」
「ずっと考えてた」
律も足を止めた。
「うん」
琴葉は俯いた。
「私、最初は……名前をつけるのが怖かった」
「どうして?」
「名前をつけたら、それを失うのが怖くなる気がして」
律は黙って聞いている。
「友達なら、友達じゃなくなるのが怖い」
「……うん」
「大切になればなるほど、失ったときが怖い」
琴葉は小さく息を吐いた。
「昔の私は、ずっとそうだった」
律は何も急かさなかった。
だから琴葉は続けられた。
「でもね」
顔を上げる。
「今は、失うのが怖いからって、最初から何も選ばないのは違うって思う」
律の目が、少しだけ揺れた。
「だから……ちゃんと言いたい」
琴葉の声が震える。
それでも、目は逸らさなかった。
「私、律のことが好き」
一瞬。
周りの音が遠くなったような気がした。
律は何も言わない。
琴葉は不安になりながらも、言葉を続ける。
「友達としてじゃなくて」
「……うん」
「もっと一緒にいたいって思ってる」
律はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくり息を吐く。
「……そっか」
「それだけ?」
琴葉が少しだけ困ったように笑う。
律も笑った。
「違う」
「じゃあ……?」
律は琴葉を見る。
「俺も、琴葉が好き」
琴葉の目が大きくなる。
「……ほんと?」
「うん」
「いつから?」
律は少し考えた。
「たぶん……気づく前から」
「なにそれ」
琴葉が笑う。
けれど、目には涙が浮かんでいた。
律は続ける。
「昔から、琴葉の隣にいるのが好きだった」
「……うん」
「話してる時間も」
「うん」
「何も話さない時間も」
琴葉の涙が一粒落ちる。
「それに、記憶を取り戻してからも……もっと一緒にいたいって思った」
「……うん」
「だから、たぶんずっと好きだったんだと思う」
琴葉は涙を拭きながら笑った。
「なんか……変な感じ」
「何が?」
「こんなに長い時間かけて、やっと言えた」
律も笑った。
「でも、俺たちらしいんじゃない?」
「そうかも」
二人はしばらく黙っていた。
付き合う。
その言葉を、どちらから言うのか。
琴葉は少しだけ考えてから、口を開いた。
「……じゃあ」
「うん」
「これから、私たち……付き合う?」
律は少しだけ目を細めて笑った。
「うん」
短い返事だった。
でも、その一言が
今までのどんな約束よりも重く感じた。
「じゃあ、よろしくお願いします」
琴葉が少し照れながら言う。
「こちらこそ」
二人で笑う。
昔は名前さえ知らなかった。
その後、全部を忘れてしまったこともあった。
それでも、何度も出会い直した。
何度も言葉を交わした。
何度も同じ場所に戻った。
そして今。
二人は初めて、
自分たちの意思で新しい関係を選んだ。
帰り道。
琴葉がふと笑った。
「ねえ、律」
「ん?」
「これからは『また明日』じゃなくて」
「何?」
琴葉は少し照れながら言った。
「『また明日ね、恋人さん』とか言ってみる?」
律が吹き出した。
「それは恥ずかしい」
「私も恥ずかしい」
二人で笑う。
そして駅の前で、いつものように立ち止まった。
「また明日」
「うん。また明日」
今までと同じ言葉。
なのに今日は、少しだけ意味が違った。
二人は笑って、それぞれの帰る方向へ歩き出した。
もう、ただ隣にいるだけではない。
これからは――
好きだと思う気持ちも、
怖いと思う気持ちも、
嬉しいと思う気持ちも。
全部、二人で抱えていく。
その始まりの日だった。
コメント
1件
いやあ……ついに来ましたね、この瞬間。 「好き」という言葉を交わすまでに、ここまで長い時間と距離をかけてきた二人だからこそ、一言一言がすごく重くて温かかったです。特に琴葉の「名前をつけるのが怖かった」という告白、すごく琴葉らしいし、律が急かさずに待つ姿勢も含めて、二人の関係性がちゃんと積み上がってきたんだなと感じました。 「また明日ね、恋人さん」の照れ笑いも最高です。 これからどんな日常が待ってるのか、楽しみにしています。