テラーノベル
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自分side
距離が近すぎて、息がかかる。
そのまま、ぎゅっと——
優しく、でも逃がさないように抱きしめられた。
耳元で、低く囁かれる。
「……好きだ」
その一言で、身体が正直に反応する。
熱が一気に胸に集まっていくのが分かった。
もう、酔いは完全に冷めていた。
でも私は、その「好き」に、返事をしなかった。
できなかった。
気づいたら、家に帰っていた。
翌日からは、何事もなかったかのように、 目まぐるしい仕事の日々が始まる。
岩本さんも、以前と同じ距離感で、同じ姿勢で接してくる。
変わらない。 優しいまま。
……だからこそ、意識してしまう。
ある収録終わり。
いつも通り、夜遅くまで残って反省と作業をしていた。
現場に岩本さんが戻ってきた。
私は端の視界で岩本さんを確認すると
「お疲れ様です」
そう声をかけて、作業に視線を戻す。
でも、心の中はうるさくて、落ち着かない。
ドキドキが、止まらない。
岩本さんは何も言わず、こちらへ来て
—— ぽん、と軽く私の頭に手を置いた。
「無理すんなよ」
その声に、思わず顔を上げる。
優しい目。 心配そうで、でも強い眼差し。
……やっぱり、優しい人だ。
その瞬間、はっきり思った。
もっと、知りたい。
気づいたら、口が先に動いていた。
「……今度、食事行きませんか」
岩本さんは、少し驚いた顔をしたあと、
「いいよ」と、すぐに答えた。
選ばれたのは、個室のご飯屋さん。
密閉された空間に、少し緊張する。
料理が運ばれてきて、
美味しさに、つい頬張ってしまう。
「……美味しい」
思わず笑みがこぼれる。
それを見て、岩本さんが小さく笑った。
「ご飯粒ついてる」
指先で、そっと取ってくれる。
その不意の優しさに、また胸が跳ねる。
SnowManのこと。
プライベートのこと。
筋トレの話。
思っていたより、たくさん話してくれる人だった。
沈黙はなく、楽しい話も、真剣な話もできた。
終わりが近づくにつれて、
胸の奥に、寂しさが広がるのが分かった。
……離れたくない。
その言葉が、気づいたら口に出ていた。
岩本さんは、一瞬驚いた顔をしてから、
「知り合いのBARあるけど、行く?」
と、誘ってくれた。
少しだけ、ほろ酔いになる。
夢みたいな時間だった。
タクシーを待つ間、
今までの岩本さんとの思い出が、次々浮かぶ。
思い出すだけで、身体が熱くなる。
見ると、寒そうに鼻の先を赤くしながら、 黙って待ってくれていた。
「岩本さん」
「ん?」
顔を上げた、その目をまっすぐ見て言う。
「……私、岩本さんが好きです」
真剣に。真っ直ぐ。
驚いたように目を見開く岩本さん。
私は続けた。
見守ってくれたこと。
励ましてくれたこと。
真剣な姿勢。
優しさ。
「……こんな私でも、いいですか」
岩本さんは、真剣な顔で全部聞いてから
—— ふっと、優しく笑った。
そして、ぎゅっと抱きしめてくれる。
「ありがとう」
寒いはずなのに、暖かい。
二人の体温が、近い。
私は、その体を抱き返すように、
ぎゅっと、手に力を込めた。
離れない、と
言葉にしなくても、伝えたかった。
抱きしめ合ったまま、しばらく動けなかった。
寒い夜だったはずなのに、
岩本さんの腕の中は、不思議と落ち着いた。
「……急がなくていい」
ぽつりと、彼が言う。
「今すぐ答え出さなくてもいいし、
無理に形にしなくてもいい」
少しだけ間を置いて、続けた。
「ただ、俺はもう隠さない」
その言葉が、胸に静かに落ちた。
私は顔を上げて、岩本さんを見る。
真剣で、でも押し付ける感じはなくて。
「……私も」
声は小さかったけれど、はっきり言った。
「ちゃんと向き合いたいです」
それだけで、十分だったみたいに、
岩本さんは安心したように息を吐いた。
その日は、それ以上何もなかった。
手を繋ぐことも、キスも。
ただ、別れ際に
「気をつけて帰れよ」
そう言われただけ。
それなのに、胸の奥はずっと温かかった。
⸻
翌日からも、日常は変わらない。
朝早く現場に入り、
バタバタと準備をして、
夜は反省と作業で残る。
岩本さんも、いつも通り。
特別扱いもしないし、距離も詰めすぎない。
でも——
目が合う回数が、確実に増えた。
何も言わなくても、
「大丈夫?」と伝わってくる視線。
私は気づけば、
その視線を探している自分に気づく。
ジムでも、同じだった。
「今日はここまでにしとこ」
無理しそうになると、必ず止めてくれる。
「仕事あるだろ」
その一言に、
“見てくれてる”という実感が滲む。
帰り道、同じタイミングで靴を履きながら、
特に意味のない会話をする。
「今日、寒いな」
「ですね」
それだけなのに、
並んで歩く時間が、少し特別になる。
⸻
ある日、いつものように収録後に残って作業していると、
岩本さんが通りかかった。
「まだやってんの?」
「もう少しで終わります」
そう答えると、
少し考えたあと、こう言った。
「終わったら、飯行く?」
自然すぎて、心臓が跳ねる。
「……はい」
返事をした自分の声が、
少し嬉しそうだったのが分かった。
特別な店じゃない。
遅くまでやっている、静かな定食屋。
向かい合って座って、
今日の反省や、どうでもいい話をする。
沈黙があっても、気まずくない。
ふと、岩本さんが言う。
「こういうの、好きだな」
「こういうの?」
「普通の時間」
その言葉に、胸がじんわりする。
“恋人”という言葉は、まだ使わない。
でも、“隣にいる前提”になりつつある。
帰り道、並んで歩きながら、
肩が触れるか触れないかの距離。
それでも、私は思う。
——今はこれでいい。
焦らなくていい。
確かめ合うように、少しずつ。
気づけば、
この静かな日常の中に、
ちゃんと恋が根を張り始めていた。
ーーー
自分side
落ち着いた日常は、意外な形で破られた。
次の仕事は、Snow Manが出演する新CM。
収録後、そのまま同じスタジオで撮影に入るというタイトなスケジュールだった。
打ち合わせのために紹介された制作チームの中に、 懐かしくも、できれば会いたくなかった顔があった。
元彼だった。
広告代理店のエリート枠。
社内でも期待され、今回の大型案件を任された
——そんな経緯を、紹介の言葉から自然と察する。
「……久しぶり」
気まずさを隠すように、互いに仕事用の笑顔を貼りつける。
過去を知っているのは、きっと二人だけ。
CM制作は想像以上にタイトで、
構成、演出、細かいカット割りまで、何度も意見を交わす必要があった。
元彼は仕事ができた。
理論的で、判断も早く、Snow Manの魅せ方をよく理解している。
だからこそ、自然と会話が増えた。
それを、岩本が見逃すはずがなかった。
カメラ位置を確認しながら、こちらに向けられる視線。
無言だけど、明らかに機嫌が良くない。
「……照、顔に出てる」
隣でモニターを覗いていた深澤が、ぽつりと呟く。
「出てねぇよ」
即答するものの、眉間の皺は消えない。
“元彼”という存在を、覚えていた。
そして1つの不安は大きくなって胸を蝕む。
——また、そっちに行くんじゃないか。
でも、本人はまったくそんな気はなかった。
むしろ、仕事として尊敬はするが、
感情が戻る余地なんて、どこにもなかった。
元彼から以前、
「ヨリを戻したい」と連絡が来たことがあった。
その時、はっきり断った。
曖昧にもしなかった。
それでも——
彼は、諦めていなかった。
CM制作が無事に終わった日。
元彼が、制作チーム全体での食事会を提案してきた。
最初は断ろうとした。
でも、CMに懸ける熱量や、仕事への真剣さを目の当たりにして、
“仕事として”もう少し話を聞いてみたいと思ってしまった。
「……みんな来るなら」
そう答えたのが、運の尽きだった。
岩本は、行きたかった。
本音では、隣に座っていたかった。
でも、Snow Manの中で一人だけ参加するのは不自然すぎる。
だから、行かなかった。
——正直、嫉妬で狂いそうだった。
その頃、こちらはお酒も飲まず、
仕事の話だけをしていた。
元彼は、グラスを置いて、ひと息ついてから言った。
「……俺、諦めてないから」
空気が、静まる。
「まだ、好きだよ。
あの時は俺も幼かった。結婚したい一心で、君を縛ろうとしてた」
少し視線を落とし、続ける。
「でも、こうやって仕事で再会してさ。 改めて思った。やっぱり魅力的だって」
「……友達からでもいい。関係を、築きたい」
驚いた。でも、迷いはなかった。
「ごめん」
静かに、はっきり伝える。
「仕事仲間としては、すごく尊敬してる。
でも、私には大事にしたい人ができた」
「今までありがとう。
一緒に仕事できて、楽しかったよ」
その瞬間だった。
「おぉーっ!」
店の入口がざわつく。
「軽く挨拶だけでーす」
深澤の明るい声。
その後ろに、岩本が立っていた。
岩本の視線は、一直線に元彼へ向けられている。
隠す気もない、牽制するような眼差し。
「お礼だけ伝えて帰りますね」
深澤がそう言って、自然にこちらの隣へ来る。
岩本は無言で、後ろからこちらを見ていた。
——迎えに来た。
そう、分かった。
明日も早いし、と言って席を立つ。
深澤は代わりに残ることになり、
店の盛り上がりを背に、岩本と二人で外に出た。
元彼は、その背中を見て、すべてを察したようだった。
帰り道。
岩本は、不機嫌なまま黙っていた。
私は理由が分からず、首を傾げる。
翌日は二人とも休み。
岩本がぽつりと言った。
「……うち、来る?」
断る理由はなかった。
玄関に入った瞬間、
強く、抱きしめられた。
「……嫉妬で、頭おかしくなるかと思った」
低い声が、耳元で震える。
「取られるんじゃないかって。
不安で……ずっと」
胸が、ぎゅっと痛んだ。
「不安にさせて、ごめんなさい」
背中に手を回す。
「あの人と関係を築くことは絶対にない。
私には——大事にしたい人がいますから」
岩本の腕の力が、少し緩む。
「……それ聞けて、よかった」
小さく息を吐いてから、
「ごめん。もう、我慢できない」
顔を上げて、
今度は迷いなく、唇が重なる。
普段の穏やかな岩本とは違う。
熱を帯びた、力強いキス。
確かめるようで、
離れる気のない、深いキスだった。
彼の手が、背中を引き寄せる。
——ここにいる。
そう、全身で伝え合うみたいに。
静かな部屋に、二人の息遣いだけが残っていた。
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