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朝は、静かに訪れる。
アルトが目を覚ましたとき、最初に感じたのは光だった。やわらかく差し込むそれは、かつて知っていた人工の照明とは違う。触れれば壊れてしまいそうな、繊細な温度を持っていた。
「……朝、か」
小さく呟く。
その声に応えるように、すぐ近くから軽やかな足音がした。
「おはようアルト」
振り向くと、フィリアがいた。
朝露をまとったように、彼女はそこに立っている。光を受けて、髪が淡く揺れた。
「……起きてたのか」
「うん。光が来たから」
当たり前のように言う。
アルトは一瞬だけ言葉を失って、それから目を逸らした。
「……そうか」
まだ慣れない。この存在の“自然さ”に。
水を汲みに行く道すがら、フィリアは楽しそうに周囲を見渡していた。
「今日はね、あっちの方、花がたくさん咲いてたよ」
「あっち……って、どこだ」
「えっとね、あの大きい木の向こう」
指差す先は、緑に覆われすぎていて境界がわからない。
アルトはため息をついた。
「どこなのか全然わからない……迷わないのか?」
「迷わないよ」
フィリアは振り返って、少しだけ首を傾げる。
「だって、全部つながってるから」
その言葉に、アルトは足を止めた。
「……つながってる?」
「うん。風も、土も、光も。全部、教えてくれるの」
無邪気な声。
だがそれは、ただの感覚の話ではないのだと、アルトはなんとなく理解していた。
「……便利だな」
「でしょ?」
少しだけ誇らしげに笑う。
アルトはその横顔を見て、視線を逸らした。
こんなふうに、笑うんだな。
不意に、そんなことを思ってしまう。
水辺に着くと、アルトは手際よく容器に水を汲み始めた。
その様子を、フィリアはじっと見ている。
「アルト、細かいこと得意だね」
「……仕事だったからな」
「お仕事?」
「昔の話だ」
短く言い切る。
それ以上踏み込ませないように。
けれどフィリアは、気にした様子もなく頷いた。
「そっか」
それだけだった。
問い詰めることも、深く覗き込むこともない。
ただ、そこにある言葉をそのまま受け取る。
その距離が、アルトには少しだけ心地よかった。
「ねえ」
不意に、フィリアが水面を指差す。
「見て」
そこには、小さな光が揺れていた。
水に反射した朝日が、波紋に合わせてきらめいている。
「……ただの反射だろ」
そう言いながらも、アルトは視線を落とす。
「でも、きれい」
フィリアの声は、まるでそれだけで十分だと言っているみたいだった。
アルトは何も言わない。
ただ、しばらくその光を見つめていた。
帰り道。
不意に、足元の蔓がアルトの足に絡みついた。
「っ……!」
体勢を崩しかける。
その瞬間、フィリアがすぐに手を伸ばした。
「大丈夫?」
支えられる。
ひんやりとしたはずのその手は、確かに“誰かの温度”を持っていた。
アルトは一瞬、言葉を失う。
「……離せ」
反射的に、そう言ってしまう。
フィリアは少しだけ驚いた顔をして、それから素直に手を離した。
「あ、ごめん」
謝る声。
その響きに、アルトの胸がわずかに痛む。
「……いや」
言い直す。
「……助かった」
小さく、付け足すように。
フィリアは一瞬だけ目を丸くして、それからふわりと笑った。
「うん」
それだけで、十分だった。
その日の夜。
焚き火の前で、アルトはぼんやりと火を見つめていた。
揺れる炎が、過去の断片を映し出す。
消えない記憶。拭えない罪。
その隣に、フィリアが静かに座る。
「ねえ、アルト」
「……なんだ」
「怖い?」
問いは、あまりにもまっすぐだった。
アルトは少しだけ目を伏せる。
「……ああ」
嘘はつかなかった。
フィリアは頷く。
「そっか」
それから、少しだけ間を置いて。
「でもね」
そっと、言葉を重ねる。
「怖くても、一緒にいられるよ」
火の音が、ぱちりと弾けた。
アルトは何も答えない。
ただ、その言葉が胸の奥に沈んでいくのを感じていた。
ゆっくりと。確かに、何かがほどけていく。
壊れないように閉じていた心が、ほんの少しだけ、隙間を作る。
その隙間から入り込んだ光を、アルトは、拒むことができなかった。