テラーノベル
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その日は、妙に静かだった。
風が止んでいる。いつもならざわめくはずの葉も、息を潜めたように動かない。
「……変だな」
アルトは立ち止まり、周囲を見渡した。
「どうしたの?」
フィリアが首を傾げる。
「音がしない」
短い言葉。
それだけで十分だった。
フィリアの表情から、わずかに笑みが消える。
「……うん、たしかに」
その瞬間だった。
地面が、微かに震えた。
「っ……!」
遠くから、何かが近づいてくる。それは足音ではない。もっと重く、もっと数がある。
生き物の気配。だが、それは“自然”ではなかった。
「フィリア、下がれ」
アルトの声が低くなる。
視界の奥、木々の隙間から現れたのは
無数の“人形”。
植物で構成された身体。硬質化した花弁、歪に組み合わされた四肢。フィリアと同じ人型のようなもの。静かに、だが確実に、こちらへと進んでくる。
「……っ」
アルトの指が、無意識に腕輪をなぞる。
記憶が、疼く。
「なんで……こんな……」
フィリアの声が、震える。
その答えを、アルトは知っている気がした。
いや……知っていた。
そして、その群れの奥。
ひときわ静かな“存在”が、ゆっくりと姿を現す。
「……やっと、見つけた」
その声を聞いた瞬間、アルトの呼吸が止まった。
聞き間違えるはずがない。
忘れられるはずがない。
「……シオン……」
名を呼ぶ声は、かすれていた。
現れた男は、かつてとほとんど変わらない姿をしていた。だが、その身体には確かに“異質”が混ざっている。
肌を走る、淡い緑の線。光に合わせて、ゆっくりと脈打つそれ。
生きている証であり、人でなくなった証。
「久しぶりだね、アルト」
シオンは、柔らかく笑った。
その笑みは、あまりにも昔のままで。
だからこそ、歪んで見えた。
「……なんで、お前が……」
「生きてるのか、って?」
シオンは少しだけ目を細める。
「君と同じだよ。運が良かっただけ」
嘘だ、とアルトは思った。
そんな軽い言葉で済むはずがない。
「……これ、お前がやったのか」
震える声で、問う。
周囲の人形たちを示す。
シオンは一瞬だけ視線を巡らせて、それから頷いた。
「うん。僕が“選んだ”」
その言葉に、空気が冷える。
「……選んだ?」
アルトの声が低く沈む。
「そう」
シオンは一歩、前に出た。
「この世界を、生かすために」
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静かな声。
けれど、その奥にあるものはあまりにも重い。
「人間は、間違えたんだ」
淡々と、告げる。
「壊し続けて、それでも止まらなかった。だから……終わらせた」
フィリアが息を呑む。
アルトは動かない。
ただ、目だけがシオンを射抜いている。
「……終わらせた、だと……?」
「うん」
迷いのない肯定。
「でもね、全部壊したわけじゃないよ」
シオンの視線が、ふと柔らかくなる。
「こうして、新しく繋いだ」
人形たちが、わずかにざわめく。
それは命があるのようで、同時に不気味でもあった。
「……狂ってる」
アルトの呟き。
その言葉に、シオンは少しだけ悲しそうに笑った。
「そうかもしれないね」
否定しない。
ただ、受け入れている。
「でも、他に方法があった?」
問いかける。
答えを求めるようでいて、すでに決めてしまった人間の声。
アルトは、言葉を失う。
その隙間を縫うように、シオンの視線がフィリアへと向いた。
「……その子は?」
空気が変わる。
「関係ない」
即座に、アルトが遮る。
シオンはわずかに目を細めた。
「おまえは……」
ぽつり、と呟く。
その響きには、ほんのわずかな熱が混ざっていた。
「変わらないね、アルト」
一歩、また一歩と近づく。
人形たちも、じわりと距離を詰める。
「やめろ」
アルトの声。
「それ以上、来るな」
シオンは足を止めた。
そして、ゆっくりと笑う。
「……怖い?」
その問いに、アルトは答えない。
答えられない。
シオンは知っているからだ。アルトが何に怯えているのかを。
「大丈夫だよ」
優しい声で、言う。
かつてと同じように。
「おまえは、傷つけない」
その一言が、すべてを歪める。
アルトの中で、何かが弾けた。
「……ふざけるな」
低く、押し殺した声。
「全部壊したくせに……!」
初めて、感情が露わになる。
「守るだと?生かすだと?」
拳が震える。
「それでどれだけの人を……何を……!」
言葉が続かない。
怒りも、悲しみも、罪も、混ざりすぎて。
シオンは、ただ静かにそれを見つめていた。
「……全部、僕が背負うよ」
その言葉は、あまりにも軽やかで。
そして、あまりにも重い。
「おまえは、何も背負わなくていい」
アルトの瞳が揺れる。
「昔みたいに」
その一言で。
時間が、戻りかける。
だが――
「……やめろ」
アルトは一歩、下がった。
拒絶するように。
「それ以上、言うな」
その声は、震えていた。
シオンは少しだけ目を伏せる。
「……そっか」
小さく、呟く。
それから顔を上げたとき、その表情はもう揺れていなかった。
「じゃあ。次は、ちゃんと話そう」
静かに告げる。
「敵として」
風が、ようやく動き出す。
止まっていた世界が、軋むように回り始める。
シオンは踵を返した。
人形たちも、それに従うように引いていく。
去り際。
彼は一度だけ振り返る。
「アルト」
その名を、確かめるように呼ぶ。
「……生きててくれて、よかった」
微笑み。
それは、あまりにも優しくて。
だからこそ、何よりも残酷だった。
アルトは動けない。
追うことも、叫ぶこともできず。
ただ、その背中が消えるのを見ているしかなかった。
隣で、フィリアがそっと手を握る。
今度は、振り払わなかった。
握り返すこともできなかったけれど。
そのぬくもりだけが、現実に繋ぎ止めていた。
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