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「来客」
僕は今日も嘉村堂に居た。
僕の中で一番好きな時間、嘉村堂で菊さんと何気ない会話をしながら駄菓子を食べること。
畳の上で扇風機の風に当たりながら、僕は菊さんと話していた。
「そうなんだよ。それに山内がさ~」
菊さんは静かに、時々頷きながら僕の話を聞いてくれた。
この時間は僕にとって大事なものだ。
菊さんには山内がこの前学校でやらかして生徒指導の教師にめちゃくちゃ叱られた話を話してあげた。
菊さんは楽しそうにただ微笑んでいた。
すると、店内の入口の方から騒がしい足音の後に入口の戸を開ける音が聞こえた。
「晴斗く~ん、居る?」
佐藤さんだ。
僕は彼女の質問に答えずに机の上のお茶を一口、飲んだ。
彼女はズカズカと座敷の方へ向かってきた。
「あ~やっぱり、居た。無視しないでよ!」
「無視しても、しなくても君がうるさいのは変わんないだろ。」
「ひっど、菊さ~ん。晴斗くんこんなこと言うんだよ。」
菊さんはまた小さく微笑んで、佐藤さんの言葉に答えた。
「元気なことは良いことだと思うよ。」
菊さんは彼女の味方についた。
「やっぱり菊さんは分かってる~。」
彼女は嫌な笑み浮かべる。
悔しかったから、反論に出る。
「はあ~!!元気ってレベルじゃないでしょ。」
「晴斗くんが静か過ぎるんだよ。菊さん知ってる?晴斗くん、学校ですごく静かなんだよ。なのに先生達に気に入られててさ~。」
「学校で静かなのは関係なくない?僕は佐藤さんみたいに学校で、ふざけてイタズラとかしないから信頼されているんだよ。」
「ふっふふ」
菊さんが僕達を見て笑っていた。
すると、また入口の戸を開ける音が聞こえてきた。
「ごめん下さ~い。」
男性の声が店内に響いた。
菊さんが「は~い」と返事しながら会計台の方に向かった。
「こんにちは」
その男性はとても優しい声だった。
「あら、河村さん。久しぶりね~。」
僕はそのおじさんの名前を聞いて、急いで菊さん達の方に向かった。
「河村のおじさん?」
「お~晴斗くんじゃないか。久しぶり、1年振りくらいかな?」
「うん、前に会ったのが去年の秋だったから。」
河村隆さん、通称「河村のおじさん」は嘉村堂の昔からの常連さんで僕も小さい頃から知っている人だ。
菊さんとは昔からの長い付き合いらしい。
「そんな所に立ってないで、座敷に上がりな。」
菊さんとおじさんと僕が座敷に上がると、佐藤さんが不思議そうな顔をして立っていた。
「あら、知らない子が居るね。晴斗くんのお友達かな?」
「あっ、はい。晴斗くんのだ~~い親友の佐藤凛です。」
「へ~良い親友を持ったね。」
「いや、親友じゃないからね。」
佐藤さんが不機嫌そうな顔になる。
「え~ショック。私をなんだと思ってるの」
「知り合い。」
「えっ、クラスメイトですらないの~!!」
菊さんと河村おじさんが僕達を見て笑っていた。
僕ら二人もなんだか可笑しくなってきて、つい笑ってしまった。
僕らは四人で机を囲んで座った。
「そういえば河村さん去年、体調崩されたんだよね?」
菊さんがおじいさんに尋ねた。
「心臓を悪くしてね、今はだいぶ良くなったけど今でも定期的に病院に行かなくちゃならなくてね。」
そうか、だからここ1年ばかり顔を見なかったんだ。
「まぁ、もうそんな元気に過ごせる年じゃないんだよ。私は今まで菊さんと晴斗くんと仲良くして貰ってたからもう思い残すことは無いけど、まぁ一つ気掛かりなことがあるとしたら和哉のことだね。」
「えっ和哉君?そういえば最近見てないね。」
菊さんが少しだけ寂しそうに言う。
河村和哉、おじさんの孫で僕らの一つ年上だ。
おじいさんと和哉は和哉が小さい頃、良く 一緒に嘉村堂に来ていて、僕と和哉はよく2人で遊んでいた。
「和哉は最近はよく夜遅くに出歩いてるし、変な子達とつるんでるみたいで心配だよ。」
「そうなの……。」と菊さんはとても心配そうにおじいさんの顔を覗っていた。
「まぁ、私も年だからあまり良い親代わりにはなれなかっただろうしね。」
座敷の空気が少しだけ重くなったような気がした。
僕はお茶を飲もうと顔を上げると時計が目に入り、針が6時を過ぎているのに気づいた。
「あっ佐藤さん、電車の時間。」
「ホントだ~。やばい、帰らないと。晴斗くん行こう!!」
僕らは荷物をまとめて、「電車の時間があるから」と言って座敷から出て靴を履いた。
「そうなのね、気をつけて。またね、晴ちゃん、凛ちゃん。」
「うん、またね。菊さん、おじさん。」
佐藤さんが元気に答えた。
僕達は駆け足で嘉村堂を出た。
振り返ると菊さんとおじいさんが手を振っていた。
佐藤さんは「じゃあね~。」と大きく手を振り、僕は小さく手を振って返した。
僕達は駅に向かって駆けていく。
夕焼けでオレンジ色に染まった町の中を二人で。