テラーノベル
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体育館の隅。練習が終わった後、誰も居ないのを見計らって、甲斐が声を荒げた。
「だから!俺、別に藍さんの事なんか、頼りにしてねえって言ってんの!」
藍は黙って、スポーツバッグに荷物を詰めている。
「……ふーん」
その一言が、なんか、火に油を注いだ。
「いつもそうっすよね、余裕ぶって、こっちが必死にくらいついてんのにさ。」
「藍さんなんか……………大嫌い!!!ばーか!!!!」
……言った瞬間、空気が変わった。
チャックを閉める手が、止まった。
何秒かの沈黙のあと、藍は立ち上がって、こちらを見もしないで言った。
「__あっそ。もういいよ。」
「……え?」
「もう、話しかけんな」
言い捨てるようにして体育館を出ていった背中は、怒ってるというより、
本気で引いてるように見えた。
ドアが閉まる音が、やけに響いた。
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「……あ、藍さん、昨日のプレイ、ここが__」
「小川さん、それ僕も気になってました。」
藍さんは俺の声なんか聞こえてないみたいに、横をすっと通りすぎた。
笑ってる。小川さんと普通に話してる。
でも、俺には一言もない。
「……」
ガチで、俺のこと、無視してる。
冗談かと思ってた。
1日経てば、何事もなかったみたいに話してくれると思ってた。
でも、もう3日。目も合わないし、呼んでも返事がない。
ラインも既読はつくけど、返信はなし。
胸の奥が、ずっとざわざわしてる。
あの時の「馬鹿」と「大嫌い」が、耳にこびりついて離れない。
あれ、冗談だったのに。ほんとに、冗談だったのに。
__違う。あの言い方、
完全に子どもの喧嘩だった。
……あの人に、そんな雑な言葉、言っちゃいけなかったのに。
「……ごめんなさい、藍さん」
もう何度呟いたか分からない言葉を、心の中でまた繰り返す。
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夜。合宿所の屋上。
みんな寝静まった後、どうしても眠れなくて上がったら、そこにいたのは――藍さんだった。
「……」
背中しか見えない。でも、わかる。
この一週間ずっと避けられてても、俺はあの人の事、ずっと見てたから。
勇気を振り絞って、声を出す。
「……藍さん。俺、あの時……本気じゃなかった。あんな事、言いたくなかった。ほんとに、ごめんなさい……」
藍さんは何も言わない。沈黙が、痛い。
「無視されて、すっごく、きつかった。声、聞きたくて、目、合いたくて、でも……怖くて。……もう、嫌われたって思って……」
情けない。涙が出そうになる。
なのに、止められない。
「俺、藍さんのこと__、だいすきなのに……!」
言った瞬間、何かが崩れた。
「__ほんっと、バカよな。甲斐、」
振り返った藍さんの目も、少しだけ赤くて。
「嫌いって言われて、ショックならんわけないやろ」
「……、」
「俺が、どんだけ甲斐のこと……」
そこまで言って、言葉を飲み込む藍さん。
その顔が、あまりに苦しそうで、俺は近づいた。
「……ごめんなさい、ごめんなさい……」
泣きながら、何度も頭を下げた。
そしたら、藍さんが、そっと頭に手をのせた。
「もういい。泣かんで、甲斐…」
その手が、あったかくて。
涙が止まらなくて、俺はその場で、藍さんの肩に顔を埋める。
藍さんの肩に顔を埋めたまま、泣く声が止まらなかった。
「……泣きすぎ。顔、ぐしゃぐしゃ」
そう言って、藍さんがポケットからハンカチを出してくれる。
優しくて、悔しくて、でもあったかくて。
「ほんとに、ごめんなさい……」
「もういいって。何回言うの、」
さっきより少し柔らかい声。でも、目は未だ、真っ直ぐで、何処か遠くを見ているようだった。
「……一週間、話し掛けなかったの、初めてだった。俺、ちょっと自分でも引いたもん。ここまで無視出来んのかって」
「……っ」
「でも、それくらい……あれ、キツかったから」
「……うん」
また沈黙。だけど、さっきみたいに重くはない。
「……戻れた、よかった」
ポツリと呟いた俺に、藍さんが少しだけ微笑んで、首をかしげた。
「戻るって何、」
「……藍さんの隣」
そう言ったら、少しだけ、目を逸らされた。
風が強くて、髪が揺れてるのに、それを直す素振りも無く、藍さんは静かに言った。
「寒いな。……部屋、戻る?」
「……うん」
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「なんで、こっち来たの」
「……戻ってきたら、1人だった。」
同室だったメンバーはもう別の部屋に移動してたらしい。
広くなった布団の片方に、藍さんが座る。
「……今日だけ、だかんね。」
「うん……」
静かに布団に入る。
距離はある。でも、すぐ隣に藍さんがいるだけで、心臓の音がうるさい。
「泣き疲れたんなら、寝ろよ。明日も練習だから。」
「……うん」
目を閉じる。でも、眠れない。
そのとき、すぐ隣から、囁くような声が聞こえた。
「……ほんとは、泣かせたくなかったんよ」
「……?」
「もっと、ちゃんと話せてたらな〜って、思ってたんよ。俺も、ガキだったよな」
目を開けて、横を見ると、藍さんがこっちを見ていた。
暗くて、表情はよく見えないけど
__たぶん、優しい顔してた。
「俺、藍さんの事……ほんとに大事で」
「分かってるよ。……分かったから」
そっと、藍さんの指先が、俺の手に触れた。
重ねるでも、握るでもなくて。
ただ、其処に“居るよ”って教えるような、温かい触れ方だった。
そのまま、瞼が自然と落ちて、
俺達は言葉も無いまま、同じ布団で眠りに落ちた。
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合宿も最終日。練習は夕方に終わったけど、甲斐は何故か足が体育館に向かっていた。
ボールが転がっている。拾って振り向くと、其処には
「……藍さん」
藍さんがいた。
タオルで首筋の汗を拭いながら、ふと視線が合う。
「……よく来るな、甲斐も」
「……なんか、話したくて」
2人きりの体育館。
夕焼けが差し込んで、影が長く伸びている。
「藍さん。昨日……ありがと」
「うん」
沈黙。だけど、その空気は柔らかい。
「……俺さ」
「ん?」
「好きだよ、藍さん」
突然だった。でも、自然に出た。
藍さんは少しだけ目を見開いて、
それから、ふっ、と笑った。
「……知ってたよ」
「えっ」
「泣きながら“だいすき”って言ってたじゃん。屋上で」
「うわあああああああっ!?!?!?」
甲斐の顔が一気に赤くなる。
マジで思い出すのも恥ずかしい。
「な、なんで言ってくれなかったんすか……!」
「言ったら、泣き止まなくなるかと思って」
「ぐっ……」
言い返せない。
そのまま2人の距離が、少しずつ近づく。
「……俺も、好きだよ」
それは、空気を震わせるほど静かな声だった。
視線が交差して、唇の距離が__
あと10センチ
5センチ
3センチ__
そして。
「……まだ言ってないよな、ちゃんと」
「……え?」
藍さんの瞳が、真っ直ぐに見てくる。
「“付き合ってください”って。……俺、そういうの、ちゃんと欲しいから」
「………………は!?!???」
顔面が爆発しそうなくらい熱い。
「い、いい、今、言おうとしてたんですけど!?!?」
「へぇ〜…。じゃあ、言って」
「っ、……つ、つきあってください……!!!」
「…ん。いいよ」
にこっと笑った藍さんの顔が、優しくてずるくて、
__そして、やっと、唇が触れそうな距離まで、戻ってきた。
「……、今度は止めないでよ」
「止めないよ。もう、俺のだかんね、」
その一言で、ついに、キス。
じゃなくて__未だ、ほんの一瞬前。
この距離、この緊張。
両想いなのに、未だ触れてない。
その焦ったさが、堪らなく心地良くて、胸が締め付けられる。
そして、ようやく__
______________________
藍の部屋。合宿、最後の夜。
2人は、布団の中で向かい合っていた。
さっきまでは笑っていた。くだらない事を話して、何でもない時間を過ごして。
けど、目が合った瞬間、空気が変わった。
「……手、繋ぐだけじゃ、足りない」
ぽつりと呟いたのは、自分だったか、藍さんだったか。
どちらともなく顔を寄せて、
すぐに唇が触れ合う。
「ふっ、んっ…、ぁ、」
最初は軽く、けれど、回数を重ねるごとに呼吸が熱を帯びていく。
藍の手が、そっとシャツの裾に触れる。
「……触れても、いい?」
「……ん」
息が震える。
でも、怖くない。
この人になら、全部預けても良いと思える。
肌に触れる指先は、信じられないほど優しくて、
くすぐったいような、恥ずかしいような、だけど、逃げたいとは思わなかった。
「……優斗、ほんとに、かわいいな……」
下の名前で呼ばれる度に、体が跳ねる。
こんな声、聞いたこと無い。
こんな風に触れられるのも、初めて。
藍の唇が、首筋に触れる。
「あっ、んッ…、ぅ、」
其処から先は、言葉じゃなくて、
温度と鼓動と吐息が全てだった。
シャツを脱がされていく度に、
「…大事にするから」
と何度も囁かれて、触れる度、甲斐は
「っ…、!」
と何度も息を飲んだ。
「怖くない?」
「……藍さんが…、居るから。大丈夫、」
その一言で、藍の目がふっと細くなる。
そして、そのまま__
2人は、一線を、越えた。
重なった身体の奥で、名前を呼ばれる。
「優斗ッ…、」
と、何度も、何度も。
そして自分も、同じように
「…ッ、らんさッ、んっ、」
と名前を呼んだ。
優しくて、熱くて、涙が滲む程、
それは、幸せな痛みだった。
夜が深まるに連れて、言葉は消えて、
最後に聞こえたのは、藍さんの低くて、震えた声だった。
「……ほんとに、好きだよ」
その言葉が、全てだった。
______________________
合宿、最終日の朝。
窓の隙間から差し込む日差しで、甲斐はぼんやりと目を覚ました。
「…………」
隣には、まだ寝息を立てている藍さん。
でも、距離が近すぎて、呼吸するたびに胸が当たる。
……思い出す。
昨夜の事、全部。
「……うわあああああああ……っっっっ」
布団の中で小さく叫びながら、完全に顔まで潜る。
耳まで真っ赤。
息を整えようとしても、無理。無理すぎる。
だって_
「おはよ」
背中のすぐ後ろから、低くて優しい声。
振り向けない。無理。絶対無理。
「……布団から出ないの?」
「……出たくないっす……」
「なんで?」
「……聞かないでください……っ」
すると__
「昨日の甲斐、めっちゃ可愛かったよ…、」
「…っ、!!??」
一瞬で息が止まった。
布団の中で顔が蒸発しそうになる。
恥ずかしすぎて、酸素が足りない。
「な、なんでそんなこと……っ、わざわざ……!」
「事実だから。あんだけ素直に甘えてくれるとか、反則じゃない?」
藍さんの声が、耳元で笑ってる。
「ねぇ、もう一回、あんな顔見せてくれないん?」
「無理っっ!!!!」
「じゃあ俺、布団の中、入るよ?」
「う、うわああああああああっっ!!!!!来ないでっっ!!!!」
そんな風に言えば言う程、藍さんはニヤニヤして、
ますます近づいてくる。
それなのに、手のひらはまた優しくて、背中を撫でながら、ぽつりと呟く。
「でもほんと、幸せだった。ありがとう」
その声だけで、甲斐はまた、胸がいっぱいになって、
涙が滲みそうになってしまった。
「……こっちこそ……ありがとう、藍さん……」
そうやって、もう一度静かに寄り添った朝。
布団の中で交わす小さな“好き”が、何より深くて温かかった。
______________________
ベッドの上。
テレビは付いてるけど、音は聞こえてない。
ツインベッドの距離は、たった数歩。
けど、心の距離はもうゼロに近い。
「……藍さん」
呼んだだけなのに、視線が絡んで、喉が詰まる。
昨日は、何も無かった。
“他の選手も近くに居るから”って理由で、キスだけで我慢した夜。
けど今夜は__
「誰も、来ないよ。……今日はもう、止めない」
ベッドから立ち上がった藍が、ゆっくり近づいてくる。
甲斐の腰の辺りに手を添えて、そのまま軽くベッドに押し倒す。
「……もう、慣れた?」
「え……」
「こうやって、俺と触れ合うの。……まだ緊張してる?」
「……しないわけ、ないです……」
唇が触れる。
ゆっくり。深く。
その度に、指先が肩、鎖骨、首筋へと優しく滑っていく。
「昨日よりも……触れていい?」
耳元で囁く声が低くて、甘くて、でもどこか熱を孕んでいる。
「……うん」
そう返したら、藍のキスが変わった。
探るような物じゃない。
ちゃんと知ってるから、ちゃんと“欲しい”と思ってくれてるから__
唇が、肌が、声が重なる度に、
甲斐の中の“初めて”が、一つずつ、塗り替えられていく。
シャツを脱がされ、指先が背中をなぞって、藍の体温が重なっていく。
「優斗……可愛すぎて、限界……」
低く吐き出された声が、耳元に触れるたび、
名前を呼ばれるたび、
意識が遠くなるほどに、愛された。
「……っ、藍さん、そんな、急に……」
「ごめん。でも、我慢できない……」
ただ激しくなるわけじゃない。
一つ一つが、”想いを重ねる”という言葉そのものだった。
「あっ…、んぁっ…、」
「んッ…、もう少し、っ」
甲斐の声、呼吸、震え、涙まで、
藍は全てを受け止めて、
全てを包み込んで、
そっと抱き寄せる。
「…あっ、っ、らんさッ、んッ、もうっ、げんかいっ、」
「…っ、ごめん、もう少し付き合ってっ…、」
夜は深く、長く続いて、
その度に2人は、
“離れられない”を、確信していく。
______________________
体育館のロッカールーム。
試合の休憩時間。肩に違和感があった。
「あれ?」
肩に赤い跡が薄っすらと浮かんでいる。
__キスマーク。
「えっ、これ……」
心臓がバクバクして、甲斐は慌てて服を引っ張って隠す。
其処へ、藍がすっ、と近づいてきて、ニヤリと笑う。
「バレるよ、甲斐。」
「ひっ…!?」
藍さんの時々のSっ気が、まじでズルい。
甲斐は顔を真っ赤にしながら、絶対に見られないように隠した。
「……ちゃんと説明しとけよ?…俺のだから」
「せ、説明って……なんて!?」
「“藍さんに首筋を甘噛みされました”ってな」
と、耳元で呟かれる。
「…っっ!!!!耳、やめてっ!!!」
周りのチームメイトに聞かれる前に必死で服を引っ張るけど、もう遅い。
もうみんなにバレて、甲斐は一気に焦りと恥ずかしさの渦に巻き込まれた。
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