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「 壊れた心の記憶 」
秋風が肌を撫でる夕暮れ時。
さとみは公園のベンチに座っていた。
横にはジェル。ふたりきりだった。
いつもよりも静かな彼の横顔を、
ジェルは横目で見つめた。
「……なぁ、さとちゃん。もし……話せるならでいいんやけど、教えてくれへん? なんで、こうなったんか。」
さとちゃんは黙ったまま、遠くの滑り台を眺めていた。子どもたちの笑い声が風に乗って届く。
「……俺、さ。小さい頃、あんまり……“子ども”らしいことしてこなくってさ…。」
ぽつり、ぽつりと語られる過去。
「親が、すごく厳しくて。勉強しろ、ちゃんとしろって。失敗したら怒鳴られて、何かに怯えてる時間の方が長かった。」
「“わがまま言うな”って、何回も言われた。泣いても怒られて。だから、だんだん……泣くのをやめて、感情を抑える癖がついて。」
さとちゃんの声はかすかに震えていた。
「でも、心のどこかに子どもが残ってた。“甘えたかった”って気持ちが、ずっと、どこかで燻ってた。大人になっても消えなくて……」
「それが、発作として出てきた……?」
「そう。最初は軽かった。疲れてるときにぬいぐるみ握りたくなったり、絵本読んでると落ち着いたりできた。でもある日、突然“意識が抜けた”みたいに、目が覚めたらベッドの上でぬいぐるみ握って泣いてた。」
ジェルはそっと手を握る。
「辛かったな、さとちゃん……」
「……俺が弱いだけなんだよ。こんな病気、情けないだろ?」
「情けなくなんかない。」
ジェルはしっかりとした声で言った。
「それって、“生きようとした証拠”やと思う。苦しくても、泣かへんようにしてた子どもが、今やっと“泣けるようになった”んやろ?」
さとみの瞳が潤む。
「……ジェルは、やっぱり、優しいな」
「お前には、優しくしたなるんや。好きやから。」
言葉がふと、空気を揺らした。
静かな、でも確かな告白だった。
さとみの顔が、ふわりと赤く染まる。
「……それ、幼児状態のときにも言ってたよ。何回も“だいすき”って言ってくれてた。」
「知ってる。でも、今は大人のさとちゃんに言う。俺は、お前が誰であっても、好きなんやって。」
さとみは小さく笑って、そっとジェルの肩にもたれた。
「……じゃあ、俺も言う。俺も、お前のことが好きだよ。……大人でも、子どもでも、ジェルはずっと……俺の味方だった。」
翌日から、メンバーのサポート体制は少しずつ具体的なものになっていった。
るぅちゃんはさとちゃんのスケジュールを
整理し、 「発作が起きそうな時間帯」は
負荷の少ない 活動に振り替えた。
ころんはさとちゃんの好きな動画をまとめた
リストを作り、「気分が落ちたときに見てね」とUSBに入れて渡してくれた。
莉犬は、“子どもさとみ”のために、
オリジナルの絵本を描き始めた。
「次に戻ってきたとき、読んであげるからね」と笑っていた。
なーくんは、マネージャーとの相談を重ね、
精神的支援が受けられる専門機関と
提携を進めていた。
そして俺は、毎晩のようにさとみの隣にいた。
“お兄ちゃん”として、“恋人”として。
ある晩。さとちゃんはまた発作で子どもの意識に戻っていた。
ジェルが手を引いて、一緒にぬいぐるみの名前を考えていると
「ねぇ、じぇるに、……」
「ん?」
「さとちゃんね……もうすぐ、おおきくなれるきがするの……」
「なんでそう思うん?」
「だって……みんながいるから……こわくないもん……」
俺はそっと、さとちゃんの頭を撫でた。
「うん、それでええ。お前のペースでな。焦らんでええから。」
「……だいすき……」
「俺も、だいすきやで」
夜の静けさに包まれて、ふたりはしばらく手を繋いだまま眠りについた。
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