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「シルヴィアとは歳も近くて、俺にとっては臣下であり友人のような存在なんです」
「クレハでいうリズちゃんみたいな感じなのかな? レオンとそのシルヴィアちゃんの関係は」
「同性と異性という違いはありますが、概ねそのような認識で構いません。いずれ他の隊員たちのようにクレハやリズと交流を深められると思っていたのですが……」
シルヴィア・コールズ……歳はレオン様よりふたつ上の12歳。『とまり木』に所属する最年少の隊員だ。
生まれはメルディクス。ルクトよりもさらに北に位置する山岳地帯。メルディクス出身の兵士は取り分け優秀な者が多いが、シルヴィアもその例に漏れず、見た目こそどこにでもいる普通の少女であるが戦闘技術においては秀でた才能を有しており、軍全体でみてもかなりの上澄みである。
「死んだ釣り堀の管理人が手にしていたのは、レオンがシルヴィアちゃんにあげたバラのメッセージカードだったんだよね。お前が彼女に疑念を抱くのは無理ないけど……これだけで犯人と断定するにはちと弱いと思うぞ」
「はい。それは分かっています。俺が知る限りですが、シルヴィアにスコットを殺害する動機もありません。でも、カードの切れ端が現場に残されていた以上、容疑者のひとりとしてみなさなければならないと……」
「容疑者ねぇ……生簀から切れ端が発見されたことを聞いたシルヴィアちゃんの様子はどんな感じだったの?」
「……彼女はまだ知りません。切れ端のことはユリウスとその場に居合わせた三番隊の者にしか共有されていませんから。彼らの中でもあの切れ端がクレハが作ったメッセージカードだと気付いている者はいないでしょう」
「だったらまずは、シルヴィアちゃんにカードのことを問い質して揺さ振りをかけてみたら? どっちにしろそれだけじゃ証拠にはならないし、彼女がどんな反応をするか探ってみるといい」
シルヴィアがスコットを手にかけたのだとしたら、一番の疑問は動機である。レオン様に思い当たることがないのなら俺たちなど尚更だ。
彼女も普段は市街地で生活をしている。ここ数ヶ月は控えめだったが、王宮には頻繁に足を運んでいた。目的はレオン様に会うためで、俺を含めた他の隊員や使用人たちとの交流は希薄。釣りに興味があるなんて話も聞いたことがない。スコットとは顔すら合わせたことがないのではないか。
「ねぇ、セディ。お前はレオンの話を聞いてどう感じた? そのシルヴィアちゃんがやった可能性はあると思う」
「今の段階ではなんとも……ですが、状況次第で可能性がないとは言えません」
「マジ……?」
「例えばですよ。スコットがレオン様を激しく冒涜したとか、危害を加えようとしたとか……。シルヴィアの逆鱗に触れるような出来事があったとしたら、無きにしも非ずという意味です」
「もしかしてシルヴィアちゃんってカレンちゃんタイプなの? 思い込み激しくて猪突猛進。主のためなら手段を選ばない系の……」
先生は先日の中庭での騒動を思い出したようだ。腰回りを撫でさすりながら溜息をついた。
例え話ではあるけど、もしスコットがそのような愚行を犯したのならシルヴィアが制裁を下したとしても何ら不思議ではない。
彼女の行動原理には常にレオン様が存在する。スコットとシルヴィアの間に私的な繋がりがないのなら……動機として考えられるのレオン様絡みとしか思えない。
「否定はしません。シルヴィアが主を強く思うがゆえに多少行き過ぎた行動を取ることも充分にあり得ます。スコットの存在がレオン様に対して不利益を被ると判断したのなら……」
「手にかけていても不思議ではないと……」
「ええ。ですが、スコット側に問題があった場合はシルヴィアが罪に問われることはないでしょう。あったとしても精々謹慎程度。主君を守るため仕方がなかったという正当性が考慮されるでしょうからね」
「……罪にはならないか。やっぱりシルヴィアちゃんに話を聞く必要があるね。まだその子がやったと決まったわけじゃないから慎重にね。サークス襲撃との関連性も調べなきゃならないしさ」
ニコラ・イーストンに加えて新たに浮かび上がった疑惑の人物、シルヴィア・コールズ。カードの切れ端は行き詰まりかけていた捜査を進展させる突破口になるだろうか。真相を明らかにするにはまだ情報が足りない。
「シルヴィアは……」
先生と俺の話を静かに聞いていたレオン様が口を開いた。
「良く言えば純粋。悪く言えば騙されやすく短慮。先生の指摘通り……思い込みが激しく、とてつもない勘違いをしたまま突っ走ってしまうこともあります。そして『俺のため』という大義を掲げれば他人を傷つけることも厭わない危うさも……」
「やっぱカレンちゃんタイプだ。気が合いそうだね……ふたり」
レオン様から見たシルヴィアの評価。俺も大体同じ印象だ。軍に属してはいても中身は成熟していない12歳の子供。純粋がゆえに子供は時に大人よりも残忍な振る舞いをすることがある。シルヴィアもそうだ。でも、一般的な子供とシルヴィアではひとつ大きな違いがあった。それは、彼女は人を簡単に殺めてしまうことができる力を持っていること……
先生がしきりにカレン嬢との類似点を指摘しているが、確かに共通するところが多いな。
「公爵邸に向かう直前、王宮でシルヴィアに会ったんです。図書館に本を借りに来たと……最近読書に嵌っているのだそうです」
「あら、クレハと一緒。そういえば、クレハもまだシルヴィアちゃんとは会えていないんだよな」
「ええ」
レオン様の顔に影が差した気がした。シルヴィアはクレハ様のことをどう思っているのだろうか。おふたりの婚約が決まった時点で隊の者には通達したはずだが……最も騒ぎそうなシルヴィアの反応がほぼ無かったことに今になって違和感を覚えた。
「俺と話をする彼女は一見普段通りに見えましたが、言葉の端々に引っ掛かるものを感じました。臣下を疑いたくはないですが、私情に流され見過ごして後悔だけはしたくないのです。だから……すまない、セドリック」
それは側近を信頼し切れず、疑いの目を向けていることに対する謝罪だった。レオン様が罪悪感を持たれる必要は全くない。
我々の役割は主を側で支え、お守りすることであるのに、このように憂慮させるなんて……シルヴィアに怒りの感情が湧いてきてしまう。
レオン様が慎重に事を運ぼうとなさっているのに、先走って台無しにするわけにはいかない。俺は昂る感情を抑え込み、話の続きに耳を傾けた。