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夜の執務室。
廊下の向こうでは、使用人たちがざわついていた。
「王室の使用人が捕まったらしいぞ」
「本当に毒だったのか?」
「アイリス領はもう終わりだ……」
私は机に広げられた書類と映像魔石を見つめ、ため息をついた。
その時だった。
コンコン、と扉がノックされる。
「入って」
扉が開き、レオンが姿を現した。
「そんなに深刻そうな顔して。どうしたの?」
私は視線を上げる。
「……私、公爵家と話をつけてくるわ」
「敵を味方にする、ってやつ?」
「ええ」
私は頷いた。
「今後を考えると、前王妃派のエルベルト公爵家を味方につける必要があるわ」
「……現王妃派と真正面からやり合う気?」
「下手をすれば、そうなるでしょうね」
沈黙のあと、レオンはふっと笑った。
「本当に君は面白いね」
「普通なら、“被害者”に謝罪しに行く場面だよ?」
私は口元を上げた。
(前世で私は営業成績上位だったのよ。正攻法は必ずしも上手くいかないわ)
「クレーム処理の基本は、“敵を味方に変えること”よ」
レオンが肩をすくめた。
「……で?」
彼はソファへ腰掛ける。
「僕に何をしてほしい?」
「公爵家に手紙をお願い」
私は机の上の便箋を差し出した。
「王族からの書簡なら、開封前に破棄はされないはずよ」
レオンは便箋を受け取り、目を細めた。
「……なるほど。最初から門をこじ開ける気満々なんだ」
「会ってもらえなきゃ始まらないもの」
「本当にブレないよね、君」
***
翌朝、出発準備の最中。
レオンとフローラは、露骨に不満そうな顔をしていた。
「僕も行きたい!」
「私もです……!」
私は半ば呆れながらため息を吐く。
「あなたたちには別の仕事があるでしょう?」
レオンは記者会見、フローラは試食会と厨房の準備。
毒事件の後始末には、どちらも必要不可欠だった。
「でも二人きりなんてずるいよ!」
レオンがじっとアレクを見る。
アレクはいつも通り無表情だったが――口角がほんの少しだけ上がっていた。
明らかに機嫌がいい。
(……わかりやすいわね)
フローラが私の袖を引いた。
「お姉さま、本当に大丈夫ですか?」
「ええ」
私は彼女へ分厚い書類束を渡した。
「厨房の仕事が終わったら、この仕入れを進めてちょうだい。目立たないように少しずつ、偽名で買い占めるのよ」
フローラは目を丸くする。
「小麦、塩、干し肉、それに大量の医薬品……?」
「領地一年分よ」
「い、一年!? お姉さま……これは一体?」
「……備えは、無駄にならないわ」
それだけ告げる。
フローラは不安そうな顔をしたが、それ以上は聞かなかった。
***
馬車の中。
アレクは向かい側の席に座ったまま、どこか落ち着かない様子だった。
(……なにか期待してるみたいだけど、悪いわね)
私はさっそく書類を広げる。
「エルベルト公爵家の派閥構造、王都貴族との繋がり、保有資産――」
アレクが固まった。
「……仕事、するのか?」
「当然でしょう?」
「……そうか」
わかりやすく落ち込んだ。
(なんなのよ、その反応)
馬車が大きく揺れた。
──バサッ
「あっ」
膝の上の書類が床へ落ちる。アレクはかがみ込み、一枚ずつ拾い集めた。
「……少しは休め」
「無理よ。公爵家は手強いわ」
「…………」
完全にしょんぼりしている。
(本当に分かりやすいわね、この人)
思わず吹き出しそうになった。
***
エルベルト公爵家。巨大な黒鉄の門の前で、私たちは門番に足止めされていた。
「お引き取りください」
「当主代理は、お会いになられません」
まあ当然だ。毒事件の被害者は、公爵令嬢なのだから。
その時だった。
「待ってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
門の奥から、ものすごい勢いで叫び声が響く。
──ドタドタドタッ
ドレスの裾をたくし上げながら、一人の少女が、全速力でこちらへ駆けてきた。
透き通るようなプラチナシルバーの髪。宝石みたいなルビーレッドの瞳。エルベルト公爵令嬢――リリアンヌだ。
「もしかして本物のアレク様なのーー!?!?」