「今度、渋谷の兄貴がお好み焼きご馳走してくれるんですわ。室屋の兄貴も一緒にどうですう? どうせ、室屋の兄貴も暇でしょ」
「ほんま、俺に舐めた口聞くんはお前だけや。大体、俺が暇かどうか、岸本には関係あらへんやろ。それに、お前の家に来たんは、やる事だけやりにきただけなんやから、さっさと済ませろや」
▽俺の心情お構い無しに、勝手知ったる他人の家とばかりに、さっさと室屋の兄貴は寝室へと消えていきよった。
▽その姿を見るたびに、俺の心に凍雲がかかる。自分に心が向いてないのを分かった上でのセフレ契約や。頭では理解してても、期待してしまうんは人間の性か。本音で言えば、セフレなんか嫌やけど、受け入れて貰えんよりはマシやと、今日もまた自分に言い聞かせ、行為へと及ぶ。たとえ、形はどうであったとしても、室屋の兄貴に触れられるだけで嬉しかった。だから、俺は真実から目を背けたんや。
▽けれど、体を繋げば繋げる程に、なんで心まで手に入らないのか、行為が終わる度に、そのもどかしさから無性に胸をかきむしりたくなる。
▽今日も、いつものように体を繋げる。繋がった部分は熱を帯びているのに、心は冷水風呂に浸かったみたいに冷えきったままや。
▽リズムに合わせて、仰け反る肢体。ふと喉仏に目が行く。目についた首に、なんとなく手をかけてみる。
「なんや、自分ええ趣味しとるやんけ」
▽室屋の兄貴は嘲笑しがら顔を歪めてみせる。抵抗をしないのは、プレイの一環やと思っているからか。俺は手に力を込め、ゆっくりと喉を締め上げていく。
▽悪魔が耳もとで囁く。このまま縊(くび)り殺してしまえ。そうすれば、お前のもんやと。どうせ、室屋の兄貴が戸狩の兄貴から俺に乗り換えてくれる確立なんて、大阪からタコ焼き屋の屋台がなくなる位ありえへん事や。なら、一層この場で室屋の兄貴を殺してしまえば、そんな事考えんで済むようになる。首をへし折るくらい造作もないし、肝心な室屋の兄貴も抵抗する気がない。これはまたとない機会や。
▽段々と俺の心は汚泥(おでい)のようなもので塗り潰されていく。
「かはぁ……かひゅ、ひゅー」
▽呼吸を阻害されているせいで、室屋の兄貴は息苦しさにもがく。その様は、まるで羽をむしられた蜻蛉(とんぼ)のようやった。
▽気道が狭まるにつれて、呼気の通りが狭くなり、喘息のような掠れた音が鳴る。
▽余りの息苦しさから逃れる為に、俺の手に爪を立て、赤い筋を刻んでいきはる。また一筋と。
▽もう一音すら紡げない筈の室屋の兄貴の唇が『岸本』と唇の動きだけで、俺の名を呼んだ。 名を紡がれた事で、俺は正気を取り戻し、手から力を抜いた。
▽絞首による気道の圧迫がなくなった途端、一気に空気が肺に流れ込み、室屋の兄貴が盛大に噎せる。
「げほ! ごほっ、ごほ……っは、はぁ、はぁ」
「えらい、すんません、室屋の兄貴! 大丈夫ですか!?」
「ばか、やりすぎや。やる、ならやるで、加減間違えんな」
▽まだ残る息苦しさから掠れた声で、さも子供を嗜めるかのように兄貴は言葉を吐く。そして、呼吸が落ち着くと何事もなかったかのように室屋の兄貴は繋がりを外しそのまま風呂場へと消えていきよった。
▽寝室に取り残された自分に残ったのは沈黙と虚しさだけ。
▽今日も今日とて、相も変わらず進展しない関係に打ち拉がれる日々を過ごしていた俺のもとに、室屋の兄貴が危篤状態だと連絡が入りよった。あの室屋の兄貴が負けるわけがあらへんやろと一笑したも、電話口から伝わる舎弟の狼狽っぷりが、嘘ではなく真実だと告げていた。俺は入院先の病院を聞き出すと、気づけば事務所を飛びだし、室屋の兄貴の入院する病院に駆けつけた。誰よりも、戸狩の兄貴よりも早く。
「兄貴!」
▽病室に入ると、老齢の医師が俺の声量を咎めるように視線を此方に寄越す。ここが病院である事を思い出し、礼節をかいたことを詫びる。
「えらい、すんません」
▽医師の目線は俺から外れ、呼吸を補助する為につけられた酸素マスク、命を繋ぎ止めるための輸血と輸液を腕に突き刺したまま、眠る室屋の兄貴へと向けられた。室屋の兄貴の意識は回復してないらしく、ピクリとも動かない。その様子を何とも形容し難いような表情で、医師は見つめている。
「あのう、容態はどうですかぁ?」
「君はこの患者とはどういった関係で?」
医師は、さも胡乱げそうに俺達の関係性を尋ねてきはった。
「弟ですう」
▽咄嗟に口から出任せを吐く。(こうでも言うとかな、病状の説明は受けられんやろうからな。それに強ち嘘でもないやろ。弟の前に『舎』とつくだけやの違いや)
▽俺の言葉を受けて、俺と室屋の兄貴の顔を見比べた後に、似てない兄弟だとでも解釈したのか、医師はここにきて初めて表情を和らげた。
「そうでしたか。本人の容態と入院手続きについて、向こうでお話させて頂きます」
▽医師に促され、入院支援室という部屋に通された。病棟と同じ院内にあるのに、薬品を取り扱ってない為か、支援室内は病院特有の薬品臭さを感じない。俺が席に着くと、医師は真剣な表情を浮かべ、たんたんと話し出す。
「私は田崎と申します。お兄さんの主治医であり、今回のオペを担当させていただきました」
▽老齢の医師は田崎と名乗り、室屋の兄貴が病院に担ぎ込まれた日のこと、一命を取り止めたが、相変わらず予断は許されない状態にあり、いつ急変してもおかしくないこと、回復しても障害が残ることを事細かく説明してくれた。
「障害って、どの程度残りはるんでしょうか?」
「下半身と左腕は不随による弛緩性麻痺、右腕は動いても痺れが残ると思われます。脳の言語機能中枢にも損傷が及んでいるので、話す、聞くなどの言語機能にも影響が出てくる恐れがあります。最悪の場合は失語症になることも視野に入れておいた方が良いでしょう」
室屋の兄貴は、見た目以上に重症である事を告げられ、俺は体を震わせる。
「さぞ、家族の方もお辛いでしょうが、一番辛いのは、障害を負った当人です。なので、側にいて、何時と変わらないように声を掛けてあげて下さい」
▽震える俺を見て、大方、ショックを受けたとでも勘違いしたのだろう、田崎は優しさを滲ませた声を掛けてくる。(別にショック受けた訳やあらへんのやけど、まあ、ええわ。そういう事にしとこか)
▽そう、この時の俺は、歓喜に心を打ち震わせていた。だって、これは俺にとって、千載一遇のチャンスやったから。この先、半身不随の室屋の兄貴が幾ら頑張ったとしても、自分一人で服すら着替えれへん時点で、戦線離脱は確実や。よって、この戦争で兄貴を失う心配はあらへん。その上、室屋の兄貴の大好きな戸狩の兄貴は、カシラの警護で多忙やから、面会にそうそう来ひん。あとは時間を掛けて籠絡すれば、室屋の兄貴の心も俺に靡くはずや。この時の俺は、室屋の兄貴の不幸を喜び、自分のええように考えてしもうた。罰があたるとも知らずに。
▽病院から退院してから以降は、室屋の兄貴の世話は俺が一手に引き受けた。元々、室屋の兄貴が下に冷たかった事も災いして、舎弟達が世話を焼くのを渋ったもんやから、なんなく俺は世話係になれはったわ。
▽それからは俺は幸福やった。室屋の兄貴は手の痺れのせいで、スプーンで食べようとしても口に運ぶ前に落としてしまうし、風呂だって、俺が抱えなければ溺れてまう。室屋の兄貴は常に弱さをみせひん人やったのに、風呂に入る間は、俺の体をしっかりと掴み、迷子の子供のように、どこか心細そうな目で俺を見つめてくるようになった。その姿を見る度に、俺の心には光明がさす。
▽そして、今日もまた何時ものように、室屋の兄貴を介護する為に部屋を訪れる。ただ、そこに室屋の兄貴の姿はなかった。布団に触ると既に体温は残ってへんかった。起きてから、だいぶ時間が経っていることが分かる。
「どこに行きはったんやろか?」
▽なにか思い悩んどる事には気ぃつとったけど、まさか、あの体でどこかに出歩くなんて思わへんかったわ。なんやろ、なんか嫌な予感がする。その時、俺の耳は微かに消防車のサイレンを拾う。確証はあらへんけど、音のする方へいかないかん気がして、気がつけば俺は走り出していた。
▽数台の消防車が病院に止まる。そして、消防車が止まった先には、何かが焼け焦げた跡と見覚えのある車椅子が転がっていた。俺は四方八方に視線を巡らせ、本来、その車椅子に乗ってはいなくてはならない筈の室屋の兄貴の姿を探す。けれど、何処にも兄貴の姿はあらへんかった。その事実だけで、俺の心を深淵の底へと叩き落とすには充分やった。
▽ああ、どうやら神さんは、俺に慈悲すら与えるつもりはないらしい。きっと、これは他人の不幸を喜び勇み、兄貴の心を不当に手入れれようとした俺に対する罰や。俺のせいで室屋の兄貴は、神さんに連れていかれてしもうたんや。こんな事になるなら、欲ださなければ良かった。
▽人目も憚らず、車軸を流すような涙を溢し、空へと散っていった室屋の兄貴へ、懺悔が少しでも届くようにと、俺は泪に沈む。
おわり
おまけ
▽葬式を終えて、屋上でただ一人、薄明の中で風に吹かれながら、渋谷は遺体なき室屋のことを思い返す。空に溶けていく煙草の煙を目で追いながら。
「なんでや室屋、そんな生き急がんで良かったやろ」
▽室屋は舎弟には冷たかったが、岸本とはよく行動を共にしていた。けれど、室屋にとって、岸本は何処までいっても舎弟兼セフレにしか過ぎんかった。それは当人である岸本以上に、傍から見る俺の方が、二人の関係性を正しく理解していたと思う。
▽岸本が恋焦がれる室屋は、世界の中心は戸狩の兄貴で回っていると平然と言ってのける程の狂信者だ。それに室屋柊斗という人間性を語る上で、この戸狩の兄貴の存在は切り離すことは出来ないだろう。それ程までに、室屋において戸狩の兄貴は自分の全てだった。そんな室屋が、盲従する戸狩の兄貴から、突然、岸本へと目を向けた。
▽障害を負って初めて、岸本に目を向けたのだ。岸本から向けられる無償の愛に心でも打たれたのか、それは室屋にしか分からないが、確かに室屋は岸本をみていた。室屋からついぞ心の内を聞く事は出来なかったが、あの時の室屋は、岸本が望めば応えていたのではないかとは思う。
「ほんまなんで、そんなに不器用なんや」
▽あとは感情の赴くままに、突っ走れば良かっただけなのに。たぶん、己に体に残った障害が室屋の心に待ったをかけてしまったのだろう。
「あの時、俺が止めてれば室屋も岸本も傷つかんで済んだんやろか」
▽室屋は恋愛に不器用だった。そして、それは岸本も同じ。どちらかが関係の変化を望めば、恋人になれていたのに、現実はそうならなかった。お互い不器用故に臆病過ぎたのだ。どちらが悪いという訳ではない、二人は似ていた、ただそれだけの話なのだ。
▽当人らには見えなかった全容が、端からみていた渋谷には見えていた。それだけに、渋谷の心には鉛のような重いものが残滓という形で残った。
おわり
あとがき
『車袖を流す』は大雨のこと。『泪に沈む』は嘆き哀しむ様。句集などに使われる美しい日本語の響きが好きなんで、今回使ってみた。『月に叢雲花に風』『春和景明』『星夜一縷』とかも好きなので、いつかタイトルに使いたい。
小説の基本は縦書きト書きです。テラーは縦書きに出来ないので、限りなく今回は基本に近い感じに書いてます。今回のアップデートの影響なのかは分かりませんが、改行すると勝手に空間を作られるし、文章の冒頭の必要な空欄を埋めてくれるしで、勝手に改変するのは辞めて欲しい (;´д`)読みにくさを解消するためなんでしょうけど、はっきりといって迷惑。
文の冒頭に▽を入れてますが、本来ここは空欄です。作文と一緒で小説の文の冒頭には空欄が入ります。何故か空欄を埋められてしまうので、わざと▽入れてます。
話は戻りますが、小説を書き始めるなら、この基本型をマスターした方が、後にオリジナルで投稿しようとした時に困りません。まあ、この書き方が出来ないと、ごっそり減点されるんですけどね。小説ルール無視は判定に相当響くし、 新人賞などに申し込むなら、この書き方が出来ないと相手にすらされない。
『あらすじ』
小説は一人称、三人称どちらで書いてもいいですが、本編を一人称で書いていても、あらすじは、三人称で書くのが暗黙のルール。
あらすじを一人称で書いたり、あらすじを書いてないという理由だけで、審査員から読んで貰えません。分かりやすくいえば、あらすじも書けない奴は、選考基準にも満たない文章しか書けないのだから読む必要なし扱いされるという事ですね。ただ、私もあらすじは書くのは苦手。
『伏線』
小説には伏線が必要です。私は書く内容によって、伏線を張ったり、張らなかったりしてますが、基本は伏線を張らないと駄目です。そして、伏線は回収するものと覚えておいて下さい。今回は伏線は張ってません。伏線の張り方が分からない場合は『浦島太郎』を参考に書くのが良いかも。二次創作なら、敢えて回収しないパターンで話を書いてみるのも、面白いかもと思います。あくまでも二次創作のみ。
普段、私が不必要に間隔を空けて書いているのは、あまり小説を読まないタイプの人にとって、字詰めだと圧迫感を感じたり、文字の多さに圧倒されて、敬遠される方がいらっしゃるので、わざと空間を作って、読みやすい作りにしています。このような書き方で賞に応募した場合、減点されます。
因みにここに書いた小説ルールは、これでもほんの一部です。助詩も『~の~の~の~の』『~は~は~は~は』の連続使いや、文末が『~でした』で揃えてしまうのも駄目だったりします 。この他にレトリックや、ミステリー小説を書くなら、ノックスの十戒を守らないといけなかったりと、まだまだ書ききれないほどに細々としたルールがあります。二次とは違って、オリジナルは如何にして、この減点を回避して加点を稼ぐかが重要となってくるので、基礎はしっかりとあった方がいいです。
ここから話は変わりますが、バグ大カフェ行ってきたよ。カレーとチョコフォンデュとカフェラテを頼んだ。人が多かった事もあって、厨房回っていなくて、一番最後にカフェラテがきた。帰りの時間との勝負だったので、猫舌の私にとって、最後にカフェラテはきつかった。カフェラテのイラストは工藤の兄貴だった。びっくりだったのは、7日に行ったら、グッズ、カフェメニューも一部売り切れてたこと!!(⊃ Д)⊃≡゚ ゚売り切れるの早過ぎる。今回は天羽組と天王寺組のキャラファインボードとグラスとシール買ったよ。コースターは香月ちゃんと城戸と須永ニキだった。大阪は友達をペットカフェで釣ったので、後半は大阪に行って、華太の大福食べる予定。
コメント
3件
あぁ…涙が…室屋ぁ… 神作品すぎます