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「あんこさん、俺と一緒に北海道に来てほしい」
東堂社長の顔を見たら、精一杯の告白だとわかった。
いつもみたいに冗談で済ませられないって思った。
「東堂社長。あなたの気持ち、すごく嬉しいよ。だけど……私には『杏』がある。北海道に行くのは無理だよ」
「どうしても……無理か?」
私は少し悩んで、答えた。
「ごめん……『杏』は私の生きがいだから。ここでずっとこの店を守っていきたいから」
私は、パンが好き。
パンを食べて喜んでくれる人の顔を見るのも好き。
それに、ここでお店をやりたいって、がむしゃらに頑張ってきた自負もある。
でも……
東堂社長のことだってずっと大切に思ってきた。
まさか、こんな告白、一生ないと思ってたのにね。
北海道に行くから一緒に……って、急にそんなこと言われても……ね。
正直、今は、ここに留まるとしか言えなかった。
「そうだよな。あんこさんにも守りたいものがあるよな。俺も最初、兄貴に声掛けてもらってずいぶん悩んだし。従業員のこともあるし、いろいろ考えたよ。でも、慧が行きたいって言ってくれて、ようやく踏ん切りがついた。『東堂製粉所』を北海道でやるって。北海道に着いてきてくれる従業員もいてな、本当に感謝してるんだ」
「それは良かったね。社長が今まで頑張ってきたから、みんな信頼してくれてるんだよ。すごいじゃん、さすがだね」
本当に……よく頑張ってきたもんね。
従業員を大切にして、苦労もしてたその姿、私はずっと見てたよ。
「みんなのおかげだよ。親の俺が言うのもなんだけど、慧も本当によくやってくれてる。あと、榊社長にも本当にお世話になってる。これはあんこさんと雫ちゃんのおかげだな。百貨店での売り上げが良くて、本当に有難いよ。北海道に移転する費用も何とかなりそうだしな。みんなに頭が上がらないよ」
そう言いながら頭をかいた。
「男前だね、東堂社長。あなたの良いところは、そうやって感謝できるとこ。そこにみんな信頼を寄せてくれるんだよ。私もそういう姿勢は社長から学んだよ」
決して威張らない、優しい人。
「嬉しいこと言ってくれるな。本当に……あんこさんも男前だよ」
笑いながら言った。
「ちょっと、こんな美人捕まえて男前はないでしょ?」
「どこにいるのかな、美人は?」
いつもの感じ……
こういうのがラクでいい。
「目の前にいますけど。とにかくさ、自信持って頑張ってきて。北海道……いつか必ず遊びにいくから。私もここで頑張るよ」
そのニコッと笑った顔、私は東堂社長のこういう顔に弱いんだ。
55歳の少しシワのある目じりがちょっと下がって可愛い。
ほんと……カッコいい人。
私にとっては、世界で1番好きな顔。
1番……好きな人。